未来少年が最後の夜に親子三人で食卓を囲んだ事

さて、セルとの戦いが終わり、共に戦った戦士達とひとまず別れ一人になると、自分の時代に戻る前に、トランクスは若い母にいとまを告げるため、カプセル・コーポへと進路をとった。
トランクスがよく知る西の都は瓦礫と廃墟に過ぎなかったが、今、眼下にあるカプセル・コーポの巨大なドーム型の幾つかの建物とその広い敷地の周辺は、意図的に微妙なアンバランスさを加味されつつ、完璧な都市計画によって造られた街並みが遥か遠くまで広がる、何百万人もの人々の生活を抱え込んだ大都会であった。

― この景色が失われなくて良かった

例えば荒野や森林、山や谷、海といった自然は、トランクスの世界にも、美しいまま残っていた。人造人間の興味の対象は、都市の破壊と、そこに住む人間に対する殺戮行為だけだった。だからトランクスは、母と共に生活する瓦礫の街の、彼自身には記憶のない、かつて繁栄した都の幻影に、ひとかたならぬ憧憬を抱いていた。その幻影の中には父もいた。だが、この時代において共に過ごした父は、この夢にまで描いた華やかな都会よりも、むしろ自分が生きている、あの瓦礫の中こそふさわいいような人だと思った。
事実ベジータは、地球で過ごしたわずか数年より前は、人生のほとんどを、破壊、戦闘、殺戮、恐怖と憎悪の中を生き抜いてきたのだ。
たった一人での人造人間との戦いは、父、ベジータの血を引く自分のために用意された業なのかも知れないと思った。その手であらゆるものを壊し、殺してきた父の血を引いた自分が、今度は、人造人間が壊し、殺すのを食い止め、もう一度作り直すのだ。償いのつもりではない。それはただ、彼に与えられた仕事なのだ。

* * *

トランクスは、カプセル・コーポの玄関に降り立つと、呼び鈴を押して行儀よく案内を乞うた。だが、血に汚れた戦闘服姿のままだったので、むしろもっと乱暴に、窓から躍り込んだほうが、その姿には似合っていたかも知れない。

取次ぎからトランクスの来訪を受けたブルマが、出迎えるためにわざわざ玄関まで降りてきた。腕に大事そうに小さい方のトランクスを抱えている。

「お帰り!絶対帰ってくると思ってカメハウスからすっ飛んで戻ってきたのよ!途中で中継切れちゃうし、なんだかわかんないうちにとにかく終わったって、ホント無事でよかったわ。でも、あんたのおじいちゃんもおばあちゃんもいないのよ〜いったいどこ行っちゃったのかしら・・・で、ホントにやっつけちゃったのね?もちろん信じてたけどさ!やっぱ悟飯くんなの?あら、やだ〜ちょっとこんな所に穴開けて・・・って、後ろまで?これって貫通??ひゃ〜よく生きてたわね。あんた達ってあきれるくらいタフよね!」

「はあ・・・さすがに死にましたが・・・」

さすがのブルマも青くなってもう一度穴の空いている部分を覗き込み、なんともないことを確認する。ほっとした反動に、怒りがこみあげてきたのか、あんた達ホントいい加減にしなさいよね!こんな簡単に死んだり生き返ったり、と、なんだか理不尽なことを言った。小さいトランクスの方には顔を覗き込みながら、あんましママに心配かけないでね〜と優しい声で語りかける。
いい加減にしなさいと言われても、セルをはじめとする人造人間の問題は、何もトランクスたちがはじめたことではない。ほうっておくわけにもいかないので、やむおえず関わることになったのだ。ブルマもちゃんとわかっていて、戦闘服を提供するなどサポートをしていたはずだった。
いや、でもやはり戦士達は、多かれ少なかれ「自分の力を試してみたい」という気持ちを持って、積極的に関わっていたのだ。それどころか、聞いたところによると、孫悟空やベジータなどの生粋のサイヤ人は、人造人間が動き出す前に、予め手を打つことを拒んだし、自ら進んで爆弾の導火線に火をつけたがる傾向があるらしい。ベジータなどは事実、点火してしまったわけだし、悟空は悟空で、あんな危機的状況であくまでもフェアな勝負にこだわった。いい加減にしろとは、そういうことを含めて、いい加減にしろということかもしれない、と、トランクスは思った。

シャワーを使わせてもらい、着替えを済ませると、トランクスは居間に案内された。ソファに腰をおろすと、両手を握り合わせ幾分姿勢を正して、他の戦士達の安否と、何よりも孫悟空が死んだこと、ベジータは無事だが、自分が死んでいたために、その所在はわからないこを報告した。ブルマは、孫悟空が死んだことを聞いたあたりから、うつむいて元気がなくなってしまい、トランクスが話終わると、しばらく部屋には沈黙がおりた。

「父さんは・・・帰ってくるでしょうか・・・」

思わず口にしてしまった言葉に、トランクスはハッとしてブルマを見た。ベジータのことを心配しているだろうブルマに向かって、こんなことを言うべきではなかったかもしれない。だが、ブルマは案外ケロっとした口調で言った。

「大丈夫よ、だってあいつ、ここしか帰るとこないのよ」

その言葉に、トランクスの胸がちょっと疼いた。

* * *

「あっ」

気配を感じて振り返ると、開け放してあった窓の傍に、たった今まで噂していた当の本人が、いつも通り、胸の前で腕を組んだ格好で立っていた。血のりのついたボロボロの戦闘服に、傷だらけの体で。口をへの字に結んで、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて。オレ何かしました?と思わず尋ねたくなるような、無闇と人を威嚇するような視線を、トランクスに投げかけていた。もちろんベジータはトランクスを威嚇していたわけではなく、神殿に連れて行かれたトランクスの亡骸が、再び蘇えったことを確認していただけだったのだが。

大丈夫よ、などと軽く言っていたくせに、ブルマはベジータの姿を見つけると、一目散に駆け寄って、ベジータの首にぶら下がらんばかりに抱きついた。そんなブルマに、眉を吊り上げながら「なんだお前はいきなり!?離せ!!」と口では抗議するくせに、反面、頬を染めるばかりで無理に引き離そうとはしないベジータ。トランクスは呆気にとられてその様子を見ていた。あのベジータとの距離を一足飛びに間合0に詰められるブルマに対し、ある種の感動さえ覚えていた。

「そんなにいやなら力ずくで追いやればいいでしょ!やだイタイイタイ!!折れちゃうわよ!この馬鹿力!」

「馬鹿だと!?力ずくでって言ったのはお前だろうが!オレは十分加減しているはずだ!でなければお前などとっくに死んでるぞ!いっそ殺すゾ馬鹿女!」

そんなことを言いながらも、ベジータはブルマにかけた手を離す。

「馬鹿ですって!?ひどい!あんたは自他共に認める天才ブルマ様を馬鹿だと思ってんの?結局私の見てくれだけが目当てだったの?男ってみんなそうなんだわ!こんなに心配してたのに!ひどいわ!」

「何が見てくれだ!何が心配だ!いいから離れろ!そして飯を食わせろ!」

言葉とは裏腹に、涙を滲ませながらベジータにぶら下がっていたブルマは、そういえばトランクスも食べてないんだっけ、と言って、しぶしぶといった様子で、ようやくベジータを開放した。
ベジータは苦い顔でブルマが目尻を拭うのを見届けると、トランクスの方にはもう目を向けず、居間から出て行きかける。その背中に、ブルマが「何頭?」と声をかける。ちょっと立ち止まったベジータは、「一頭」と応えて姿を消した。

「ね〜トランクスは何頭食べるの?」

え?と思いながら、トランクスは声のする方、キッチンの奥の、半開きになった金属製の扉の向こうを覗き込んだ。思わずギョっとして立ち止まる。そこは巨大な冷凍室になっており、食肉業者張りに、何十頭もの皮をはがされ、加工された牛の肉が、ほとんど原型を止めたままぶら下がっていた。
セル・ゲーム前にこの家で過ごした時には、パンチー夫人がとりどりの料理で歓待してくれたが、牛は食卓に並ばなかった。

「ママがいないと肉を焼くくらいしかできないのよ、ゴメンね〜。でも好きでしょ、肉。若いから五頭くらい食べる?ベジータもいつもなら三頭くらいペロリと食べちゃうんだけど・・・やっぱ孫君が死んだことがショックなのかな・・・」

遠慮しなくてもいいというブルマの言葉を強く辞退して、トランクスは一頭いただくことにした。機械を操作して、二頭の牛をキッチンの巨大オーブンにセットすると、20分もあればいい具合にミディアムよ、と ブルマがウィンクをよこした。オーブンの扉は磨き上げられたガラス張りで、中の様子が良く見えた。横向きに橋渡しされた鉄の棒を軸に、中心を貫かれた肉がぐるぐると回転しながら、遠赤外線でじわじわと焼かれている。肉の焼ける匂いに、トランクスは自分が随分と空腹であることを自覚した。

* * *

しばらく肉が回るのを見てから、居間へと続くダイニングへ入ると、ちょうどベジータが姿を現したところだった。定位置らしい場所に腰を下ろすのを確認して、テーブルを挟んだ向かいに、トランクスも座った。向かいに座るベジータは、戦闘服を脱いでくつろいだ格好をしているせいか、人造人間やセルとの戦いの間、精神と時の部屋でも、トランクスがベジータから常に感じていた、物騒で好戦的な気配がほとんど消えていた。ここにはブルマとトランクスと、赤ん坊のトランクスしかいないのだから、当然と言えば当然だが、ブルマや赤ん坊はともかく、自分がいてもベジータがくつろげているらしいことが、トランクスには嬉しかった。

ベジータが、自分に視線を向けるトランクスの方をにらむ。今度は「なにをジロジロみてやがるんだ」とは言われなかった。ベジータはただ、視線を逸らせて、フンと、鼻を鳴らしただけだった。

「父さん、オレ、明日未来に帰ります」

「ああ」

明後日のほうを見ながらそっけなく応える。

「今のオレなら、人造人間にも、セルにも容易に勝つことができるでしょう」

「・・・オレなら、完全体にしてから殺るがな」

完全体となったセルの恐ろしさを知っていても、やはりベジータならそうするのだろう。孫悟空も・・・そうせずにはいられないのだろう。それがサイヤ人なのだと、トランクスはとうとう受け入れるような気持ちで、ちょっとだけ微笑んだ。トランクスや悟飯、この時代の小さな悟飯も、自分に戦いを教えてくれた兄のようだった悟飯も、戦わずにすむ方法があれば、それを選択するだろう。この違いは、最終的に、どんなに潜在能力が高くても、半分サイヤ人のトランクスや悟飯の、純粋サイヤ人である悟空やベジータを超えるための枷になるかもしれない、と、トランクスは思う。

「オレは半分地球人だから、やはり父さん達のようには考えられないようです」

「不肖のガキだな」

「はい」

「ケッ!何を笑ってやがる。気味の悪いやつだ・・・ああ、そうか、お前はブルマのガキだったな」

「ちょと、誰が気味悪いって?肉焼けたわよ」

と言いながら、赤ん坊を寝かしつけに行っていたブルマが戻ってきた。 牛二頭が、ほぼそのままの形でこんがりと焼き上げられ、ベジータとトランクスの前に据えられた。さすがにテーブルの幅が足りなくて、トランクスはベジータの斜向かいに移動し、それぞれ自分の牛にかぶりついた。

「ねえ、ベジータ」

ベジータの隣で、ベジータの分から少し自分の肉を切り分けた皿をつつきながら、しばらく父子の豪快な食欲に見とれていたブルマが、何気なさそうに口を開く。ベジータは食事の手を止めることはないが、聞いていることはブルマにはわかっているので、頬杖をつて、そのまま言葉を続ける。

「あんたが帰ってきてくれて良かったって、思ってるわよ」

食べながら、ベジータがキロリと横のブルマに視線を走らせる。トランクスも、食べながら、そんな二人を見ていた。

「どうせ帰ってくるって思ってたけどさ、でも本当のところは自信なかったんだ」

「・・・」

ブルマがそのまま黙り込んだため、後はサイヤ人とその息子が、ガツガツと牛を平らげていく音だけが響いていた。

やがて、二人はほぼ同時に食事を終え、ベジータは、横に置いた2リットルのボトルの水を一気に飲み干すと、ボソリと言った。

「とりあえあずだ」

ブルマとトランクスが、その声に目を向ける。

「まあ、とりあえず、この辺りでここ以外、オレの本拠地にふさわしい場所がなかったからな」

「この辺りって、どの辺り?」

ベジータはブルマの質問に、真面目な顔でしばし考え込む。

「・・・この近辺の星系で・・・なんだ、何をニヤニヤしている。お前ら親子そろって何を企んでる?」

「馬鹿ね、ニヤニヤじゃないでしょ。微笑んでいるのよ。企んでるんじゃなくて嬉しいの」

ベジータは、フンと鼻を鳴らすと、腕を組んで、偉そうにふんぞり返った。

* * *

翌日トランクスは、見送りに来た仲間に別れを告げ、自分の時代へと帰って行った。帰り際、父の方へ目をやると、他の人にはわからないように、そっと合図を送ってくれた。これからやらなければならないことに、ほんの少しも不安はなかったが、さらに力が湧いてくるような思いだった。
母は父を愛していたが、父も父のなりの愛情でもって、母を思っていることがわかった。いささか基準が自分達とずれているために、以前、母と幼い自分を見捨てるようなことをしたが、母は全くそんなことにはと頓着していなかた。
昨晩の、あの峻烈と言っていいほどの父の、おそらく母の前だけで見せる、幾分やさしみを含んだ様子が、父に対してわずかに残っていたわだかまりを払拭した。
そしてまた父は、自分のことを「不肖のガキ」だと言い、「ブルマのガキ」だと言った。その言葉に、トランクスはとても親密な響きを感じた。

おしまい

未来少年が最後の夜に親子三人で食卓を囲んだ事