彼女が王子を跪かせた事

まだ十代の頃、プーアルと二人、荒野で旅人の金品を奪って気ままに生きていたオレ。
クールな悪党を気取っていたオレだったが、女の子が苦手というなんとも情けない弱点をいつか克服して、かわいい女の子とお友達になりたいという密かな願いをずっと胸に抱いていた。
そんなある日、尻尾の生えたチビと豚をお供に突然現れた少女が、すったもんだの末、西の都の自分の家に、どこの馬の骨とも知れないオレを連れ帰り、安定した衣食住と教育を受ける機会を与えてくれた。
彼女は生れたばかりの赤ん坊以外、誰もがその名を知らぬものとてない、あのカプセル・コーポの一人娘だった。あまりに身の上は違いすぎたが、彼女の両親は鷹揚で、オレ達の間には何の障害もなかった。彼女は美しく、オレはハンサムで強かった。当然のようにオレ達は恋人同士となった。盗賊はお姫さまに拾われて、何不自由なく、末永く幸せに暮らすことになったのだ。
なんとも御伽噺めいた人生だ。

だが彼女は、御伽噺に出てくるお姫さまにしては、ちょっと規格外に明晰な頭脳と行動力、大胆さを持っており、世間の荒波に揉まれて生きてきたオレが傍に寄り添って、さりげなくエスコートしてあげなければ、いつとんでもないことに巻き込まれないとも限らなかった。
それなのに、ついうっかりしていると、彼女は不意とオレの前から姿を消すことがままあった。ナイト気取りでいるオレの面目は丸つぶれである。それはオレが、彼女の機嫌を損ねた後だったり、そうでもなかったり、他のいろんなことがうまくいっていようが、いっていまいが、つまり彼女は好きなときに好きなように振舞っていたに過ぎない。
まだ、オレが彼女を怒らせたために姿を消す、というのであれば、オレがかつて夢みた「かわいい恋人」の行動にふさわしくなくもなかったが、現実はそうではなかった。まったく平穏無事な恋人達の日々を過ごしていたある日、突然いなくなって、一週間から長いときは三ヶ月もの間、同じ家に住んでいるというのに(広すぎるというのも原因のひとつであるが)音沙汰がなくなり、ある日突然、何事もなかったかのように再び隣にいたりすることもあった。
そんなときは大抵、きまぐれにカメハウスを訪問していたり、新聞に掲載されていた記事や、古い文献に記された一文の真偽を確かめに、早朝からジェットフライヤーを飛ばして何日もかけて出かけていたり、突然思いついたことでラボにこもっていたり、というようなことだった。
何も言わずに姿を消すフットワークの軽すぎる彼女に、最初は驚きもし、大いにとまどうこともあったが、そういう彼女の行動はオレの中で徐々に自然なこととなり、彼女の突然の不在が、オレのせいなのか、彼女のきまぐれによるものなのか、それを察するのに鈍感になっていった。

彼女は自由気ままだった。人の顔色など気にする必要のない環境のなかで育ってきたのだ。彼女のように振舞えたらと思うことが多々あった。だが一方、こんなにも簡単に「ほったらかしにされる自分」が恋人として不甲斐なく、「ほったらかしにできる彼女」をうらめしく感じることもあった。オレは彼女にほったらかしにされている間、誘われるまま、他の女の子と出かけるようになった。それでもオレは、オレをあの不毛な荒野から連れ出してくれた彼女を心から愛していたのだ。

* * *

時に彼女は、自分の肉体的弱さを猛烈にアピールして、オレを含めた周囲の人間、悟空やクリリン、恋人であるオレの師である武天老師さま、果ては子供の悟飯や海亀まで、手足のようにこき使うことに全くのためらいを見せない。とにかく容赦がない。有無を言わせない。
彼女以外のほとんどの生物が死ぬか死にかけていたナメック星では、現場にいなかった界王様やオレたちまでがフリーザの脅威におののいていた時に、彼女はひたすら、自分がないがしろにされていることに腹をたてていたらしいことを、後の彼女の話からうかがい知ることができた。
まるで高慢ちきなお姫さまだ。それでも嫌われることもなく、どちらかというと誰からも一目おかれている感があるのは、彼女の人徳といえるのかもしれない。いや、「徳」という言葉はふさわしくはない。だが、まあざっと表現すればそんなようなものだ。彼女の身のうちから強く輝く生命力のようなものに目が眩んで、どんな理不尽なことを言われても、うっかりと受け入れてしまうのだ。「徳」と言うより「得」だ。
とんでもなく他人に厳しい彼女であるが、一方、細かいことに頓着しない、という点では、彼女の両親と同様、鷹揚であり、ある意味寛容でさえある。オレとて拾われた口だが、オレが子犬だとすれば、猛獣よりもっとたちの悪いサイヤ人だって拾って帰る。すわフリーザ地球来襲か!?となると、怖くないわけもなかろうに、のこのこと見物にやってくるあたりは、歴戦の戦士たちもあきれるほど肝も据わっている。

* * *

何者も彼女を支配することは出来ない。彼女は支配する立場にあるのだ。凶暴凶悪な元侵略者でさえ、最終的には彼女の言うことを聞き入れざるを得ないのだ。

「あんたが壊したんでしょ!それをあたしが直してやろうっていうのよ!だったら言う通りになさい!」

逆らうことなど絶対に許さない、と、その言葉には圧倒的な力がこもっていた。
あの恐るべきサイヤ人に対し、いかにブルマであったとしても、なぜこれれほどまでにゆるがないのか、オレはただただ、重力室の入り口の影に立ち尽くし、そんなブルマに魅入られていた。

ブルマは汚れた作業用の、だぶついたつなぎを身につけ、軍手にスパナを持って腕を組み、両足をリノリウムの床に踏ん張って、幾分顎を突き出すように、かつてオレ達を恐怖のどん底に突き落としたサイヤ人の王子の前に、さながら女王のような傲慢さを漂わせながら立っていた。
毅然としたその姿が美しいと思った。状況は緊迫していたが、彼女はオレの恋人なのだと、誇らしさに胸が躍った。
サイヤ人はサイヤ人で、こちらは体にフィットしたトレーニングウェア姿で、やはり腕を組み、目の前の女を射殺しそうな視線でにらみつけている。

にらみ合う二人の身長はほとんど同じくらいだが、細くて柔らかい、何の力もないブルマなど、強靭な肉体を持つサイヤ人のベジータなら、虫を払うほどの動作で、床にたたきつけ殺してしまうことなどいともたやすいことだろう。
だがベジータはそうはしなかった。
ブルマに向けられていた物騒な視線が、ふと、緩んだ。それに続くベジータの行動は、理解するための視覚から脳までの到達に恐ろしく手間隙をかけさせた。

ベジータはブルマの前にゆっくりと跪いたのである。
ブルマはといえば、先ほどの傲慢さなど霧散したかのように、こんどはうってかわって無邪気な喜びを満面に浮かべ、ベジータへと歩み寄った。そんなブルマをついと見上げるベジータが舌打ちするのが聞こえたが、ブルマはまったく意に介していなかった。

ブルマはベジータの後ろに回りこむと、その決して広くはない肩にまたがった。
見た目だけで判断すれば、オレの方がよほど逞しいくらいだ。それなのに、この異星人の小さな体には地球など一瞬にして吹き飛ばすほどのパワーが隠されているのだ。
そのベジータは今、彼にとっては取るに足らないはずの女を肩車したまま、落さないように気をつけながら、ゆっくりと体を浮かび上がらせていた。ブルマはまるで小さな子供のように大喜びで、もっと上とか右、左とベジータを誘導し、そんなブルマにベジータが悪態をつく様が、さっきまでの張り詰めた空気など嘘のように、いっそほほえましくさえ感じられた。
あのベジータを思い通りにしたことがよほど嬉しかったのか、常には見られないほど、ブルマははしゃいでいた。
どうやら天井部分に何か問題があるらしい。目をやると、ここからではハッキリしないが不自然にゆがんでめくれている。ベジータにの仕業に違いない。
なるほど、ブルマは彼にとって、取るに足らないわけでもなく、その頭脳と技術はなかなか重宝できるということなのだろう。

この様子なら、オレがいなくなっても特に問題はないだろう、と、オレは結論付けた。ブルマのあの驚くべき、しかし愛すべきしたたかさと、押し付けがましさは、どうやら冷酷無比なサイヤ人の王子にも有効らしい。
少なくとも三年後の人造人間襲来の日までは、利用価値のあるカプセル・コーポに対してベジータはおとなしくしているに違いない。それに考えてみれば、今日だけでなく、ベジータが案外ブルマの言うことには逆らわない、といった場面はこれまでにもしばしば見られたことだ。
恋人にしばしの暇乞いに来て、偶然二人のやりとりを目にしたのだったが、オレは、愛し尊敬するブルマの真似をして、何も言わず姿を消すことにした。そしてまた突然帰ってきて、修行でさらに逞しくなったオレを、ブルマが泪を浮かべて迎えるのだ。

「三年も・・・何処に行ってたのよばか!」

そんな言葉を、あの大きな瞳を潤ませ、声を震わせながら弱々しくつぶやくブルマの姿が目に浮かぶ。しばらく寂しい思いをさせるかもしれないが、許せブルマ。オレはきっと、お前にふさわしい強い男になって帰ってくる。

* * *

未来から来たという不思議な少年が、人造人間が姿を現すと告げた日付より一週間前、オレは約三年ぶりにカプセル・コーポの門をくぐった。
真っ先にオレを出迎えたのは、プーアルとウーロンだった。プーアルは予想通りオレの帰参を泣いて喜び言葉も出ないほどだったが、後から考えれば、必死に何かを伝えようとしていたのだ。ウーロンは歯切れ悪く、ここは一度出直したがいい、くわしい事情は後で話すから・・・と、オレがそれ以上中に入るのを阻んでいたが、そこにブルマが姿を見せた。 久しぶりに再会した恋人同士の抱擁を・・・ん?

「ヤムチャじゃな〜い!やだ〜三年もどこ行ってたの?あんたったら何にも言わずにいなくなっちゃうんだもん。あたしを捨てて行くなんて結構いい度胸してんじゃない。まあ、最初は恨みもしたけど今となっては過ぎたことだわよ。へ〜なんだか逞しくなったわね〜あんたも頑張ってたんだ。う〜ん、でもまずはお風呂ね、ちょっと臭いわよあんた」

まああがんなさいよ、部屋はそのままにしてあるからさ〜とかなんとか言いながら、ブルマが先に行こうとするのを、ちょっと待て、と言って引き止める。

「・・・それは・・・なに?」

ブルマが抱きかかえた目つきの悪い赤ん坊に、オレの目はもう最前から釘付けだった。
オレの視線にようやく気付いたブルマが、ちょっと恥ずかしそうにヘラっと笑う。

「あたしの子よ、可愛いでしょ?」

オレによく見えるように赤ん坊を抱きなおす。

「尻尾は産まれたときにとっちゃったの。地球で生きていくなら無い方がいいでしょ?」

尻尾・・・オレはその言葉に愕然とした。悟空・・・のわけがない。
オレはまさかそんなことがありえようとは、思いもよらなかったんだ。
でも、ここを出て行くとき、最後に二人を見たとき、奴の、ベジータのブルマを見上げるあの視線に、何か感じたのではなかったか?
オレがブルマを美しいと思ったように、もしかしたらベジータも同じように感じていたかもしれないと、何故思わなかったのだろう。
ベジータを思い通りにしたブルマの、あんな無邪気な嬉しそうな顔に違和を感じはしなかったか?
ブルマは他の誰をも、どんなにこきつかっても、当然という態度を崩さないのに。

「名前はトランクスって言うのよ。ベジータったら変な名前だって言うんだから、だったら自分で考えろってのよ」

まさか無理やり・・・などと最悪のことが頭をよぎったが、ブルマの朗らかな声には、まったくそういった気配はなかった。

「でもさ、もしベジータに任せてモロヘイヤなんて名前にされたら最悪じゃない?」

その後もブルマはしゃべり続けたが、その内容はどうしても頭に入ってこなかった。足元を見ると、プーアルとウーロンが気の毒そうにオレを見上げていた。
ふと物語の結末が思い浮かぶ。どうやらお姫様は盗賊ではなく、王子様と結ばれる運命にあったらしい・・・と

おしまい

彼女が王子を跪かせた事