ベジータがブルマのお古を着てた事

ナメック星から突如地球へと運ばれたナメック星人たちとサイヤ人は、ともにナメック星から同道してきた地球人の自宅へと一時身を寄せることとなった。
ナメック星人は彼らの同胞を多数殺した、それでなくとも物騒この上ないサイヤ人などと行動を共にするなど気が進まなかったが、ここは彼らの星から遥か遠く離れた異郷の地である。彼らの事情を深く理解するこの星の数少ない人間の一人で、かつ彼らの当面の生活を面倒見るだけの用意がある人物の意に反して、彼もまた客人であるサイヤ人に、あからさまに不満や敵意を表すわけにはいかなかった。
もちろんサイヤ人は、「客人」などという平和的な響きで表現されるようなシロモノではなかったが、礼儀正しい、抑制のきいた精神を持つナメック星人は、地球人の態度と、それに対するサイヤ人の反応を見て、地球人がサイヤ人を客として認め、サイヤ人もそれを受け入れたと認識した。せっかくおとなしくしているサイヤ人に対し、ここで自分たちの私怨をぶつけて刺激してしまえば、地球へ迷惑をかけることになりかねないのだ。しかも聞くところによると、地球人たちもまた、身近な人間をこのサイヤ人に殺されているというのだ。それでもなおかつサイヤ人を受け入れる懐の深さに、ナメック星人たちはただただ感服するばかりだった。
平和的で思慮深いナメック星人のおかげで、またベジータも、別に気を使っていたというわけでもないが、ナメック星人たちから姿の見えない操縦室に陣取っていたため、一行は何のトラブルも起こすことなく、無事、巨大な空輸機に乗って西の都のカプセル・コーポへと移送されたのだった。

130日目の最初のドラゴンボール復活でクリリンとヤムチャが、さらに130日目には天津飯と餃子がよみがえり、この時のみっつめの願いでナメック星人たちが新たな星へと移っていくまでの間に、ナメック星人たちとサイヤ人ベジータは同じ屋根の下に生活していたが、その間、彼らが顔をあわすことは一度もなかった。実際のところ、ベジータはカプセル・コーポ内に留まることはほとんどなく、たまに気まぐれにフラリと戻って来ては、食事と入浴と着替え、時には睡眠をとった後、再び何処へともなく姿を消すのだった。出入りはほとんど自室としてあてがわれた部屋の窓からだったこともあり、彼を連れて来た当の本人のブルマさえ、その姿をみかけることはあまりなかった。

* * *

ある朝、久しぶりにブルマがダイニングに入ると、食事中のベジータの姿があった。着替えにと、ブルマが適当にクローゼットに放りこんでおいたラフなパンツとシャツ姿である。ここ最近、カプセル・コーポに戻っているときは、ベジータは案外こだわりなくそういったものを着用していたし、たまにブルマが冗談で紛れ込ませている、おかしなロゴの入ったピンクのシャツなども無頓着に着ていることさえあった。もちろんブルマはここしばらくラボにこもっていたために、そういう格好のベジータを見るのは実はじめてだった。
朝からありえない量の食料を次々と胃袋に納めていくベジータと、ブルマの母親のパンチー夫人がテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。パンチー夫人は笑顔で、ホットミルクの入ったマグカップを両手に包み込むように持って、ベジータに向かってしきりと話しをしている様子だった。
南向きの大きな窓から降り注ぐやわらかい朝の光の中で、不思議なほどほのぼのとした平和的な光景だった。ベジータの服装のせいもあるに違いない。ブルマはそれをものめずらしげに横目で見ながらキッチンに入り、冷蔵庫から取り出した大きな牛乳瓶とコップを持って再びダイニングに戻ると、おはようと二人に声をかけながら、パンチー夫人の隣に腰掛けた。

「あら、おはよう、ねえ、最近ヤムチャちゃん見かけないけど、どうしたのかしら?」

パンチー夫人のにこやかな問いに、ブルマは眉をよせて首をかしげる。

「さあ、あたしここ最近ちょと忙しくしててよく知らないないの。この家の人間の動向に関してはかあさんのがくわしいでしょ?」

「まあ、ブルマちゃん、あたしがわかるのは、誰がこの家にいるのか、いないのか、それだけよ。そのあたしが言えることは、ヤムチャちゃんはこの二週間、ずっと家の中にはいないってことかしら。どうしていないのかについては、仲良しのブルマちゃんの方がわかるはずだわ。
ウーロンちゃんとプーアルちゃんは知らないって・・・ウーロンちゃんはともかく、プーアルちゃんまで知らないなんて、ママ心配だわ」

ブルマは口をへの字に曲げてしばらく考えるが、ヤムチャの行方については不愉快な可能性しか思いつかないので、それ以上考えるのはやめにした。プーアルが知らないわけがない。あんなこにウソつかせるなんて、ヤムチャも罪なやつだわ、と思った。グラスに注いだ牛乳を飲み干す。とりあえず今は、ヤムチャのことより母親と、目の前でひたすら食事を続けるベジータが、いったい何の話をしていたのかの方が気になった。

「ベジータちゃんにお野菜の話をしていたのよ」

「・・・野菜?ベジータに?」

「そう、連作障害について教えてあげてたの」

ベジータがそんな話に興味があるのだろうかと、ブルマは首をかしげた。自分の半端ない量の食いっぷりを省みて、いくらかでも足しにするつもりで畑でも作ろうというのか。おそらく機械など使わなくても、ベジータのパワーをもってすれば、どんなに荒れた大地でも短時間で立派な畑となるに違いない。
パンチー夫人の菜園の一角で、ベジータが鍬をふるって土を耕す姿を思い浮かべる。
照りつける太陽に肌を焼かれながら、しっかりと安定した引き締まった腰を軸に、動きに合わせて伸縮する体中の筋肉が、体にピッタリと沿ったアンダースーツ越しに確認できる。手にはめた真っ白いグローブで、顎から流れ落ちる汗を拭う。だがその鋭い視線を覗き込めば、外気がどんなに暑くても、精神は常に冷え冷えとするほど冴え渡り、作付け計画と土の配合を細かく計算していることがうかがえるのだ。なんとクールな農夫だろう。

「おい、何を見ている」

ぼんやりとあらぬことを想像しながらベジータをみつめていたブルマを、食事を終えてボトルの水を飲み干したベジータが、手で口を拭いながらとがめた。するどく切れ込んだ目でブルマを睨みつけている。

「うふ、ブルマちゃんたら、ベジータちゃんにうっとり」

「かあさん、ばかなこと言わないで」

「あらん、ママだってうっとりよ。照れなくてもいいじゃない、親子だからきっと好みも似てると思うの。それにベジータちゃん、地球のお洋服よくお似合いだと思わない?」

たしかにベジータの今の格好はなかなかいいと思う。思わずしげしげと見てしまう。コットンの生成りのカーゴに白いシャツが、悪人面の男を不思議とさわやかに見せている。実はそのカーゴパンツはブルマのお古だったのだが、たっぷりサイズのメンズだったので、身長はさしてかわらないベジータにはいいだろうと思ってクローゼットに入れておいたものだ。

「かあさんはヤムチャだって孫くんだってお気に入りじゃない」

「だから、似てるんでしょ?ブルマさんと、好みが」

「あたしはとうさんは尊敬してるし大好きだけど、好みかどうかって聞かれたら、違うと思うけど」

「パパだって昔はハンサムだったのよ、絶対ブルマさんの好みよ」

ブルマは若い頃の両親の写真くらい見たことがある。才能豊かで誠実で変人のブリーフ博士の外見は、老けたという以外に若い頃と大差なかった。パンチー夫人に関しては、老けてさえもいないような気がした。
そのパンチー夫人は席を立つと、微笑みながらひとことふたこと声をかけて娘との会話を切り上げ、機械に食卓の片付けの段取りをつけて、そのまま部屋を出て行った。

気がつくと、もうすでにベジータの姿もなくなっていた。食事が終わったのだから、地球人のつまらない会話をおとなしく聞いているわけもないだろう。連作障害にもおそらく興味はなかったはずだ。一人残されたブルマはなんだかがっかりしてしまった。最近自分が打ち込んでいた仕事は、ベジータにすごく関係があることなのに、そんな自分に対しかけた言葉が「おい、何を見ている」だけとはなんと冷たい男だろう。
そういえば最近ラボにこもりっきりで、普段ベジータが何をしているのかブルマにはさっぱりわからなかった。(こもる前からも想像しかできなかったが)。ヤムチャについてもほったらかしは同じだったが、それよりもサイヤ人の方が気にかかる。自分が拾ってきたというのに、あまりに無責任だと思う。いや、ヤムチャも自分が拾ってきたのだった、と思い出す。まあとにかくベジータの方は曲がりなりにも凶悪な侵略者なのだから、ヤムチャより気になってあたりまえなのだ。まだ「元」をつけるには最近過ぎるくらいまでそうだったはずだ。そんな物騒な男の世話を、丸投げで両親に任せてしまっているのだ。
それなのに、ブルマの知らない間に妙に地球に馴染んでいる様子も納得いかなかった。

* * *

ブルマは何事かに夢中になると、それ以外のことをすっかり忘れ果てて、そのことに没頭してしまうところがある。そういうところは、父親であるブリーフ博士の血を存分に受け継いでいた。
そんな親子の取扱を十分心得ているパンチー夫人のおかげで、食事や睡眠といったことは最低限管理されていたが、そうやってある日ラボを出てくると、いつの間にか一週間や一ヶ月、知らない間に時間が過ぎているということがよくあった。
そのせいで、うっかり恋人や友人との約束を破ってしまったり、距離が出来てしまったりというようなことがあったが、ブルマは気にしなかった。一応自分に非があるらしいときは「ごめん」と口には出すが、育ちがいいからそうすべきだと知っていてそうするだけで、一向に悪びれることはない。
彼女の家は金持ちだったし、著名な親を持ち、彼女自身も才能豊かでなおかつ美しかった。生まれてこのかた、媚びることも卑屈になることも謙遜することも必要としなかった。だからと言って、金に物を言わせたり、親の地位を笠に着るというわけではない。ブルマの態度に多少傲慢なところがあったとしても、ブルマがそういう環境で育ったために自然とそういう態度をとってしまうというだけであって、自分の有利な背景に頼んでそんな態度をとっているわけではなかった。

「ヤムチャちゃんばかりを責めちゃかわいそうよ、ブルマさんったら殿方をほったらかしにするなんてよくないわ」

もう何年も前に母親からそう言われたことがあった。そのときはなんでそんなことを言われるのか、ブルマにはさっぱり理解できなかった。自分は自分でやらなければいけないことや、やりたいことがいっぱいあって、しかも別に不良のように遊び歩いているわけではなく、何も後ろめたいようなことをしているわけではないのだ。頑張ってるわね、と褒められこそすれ、責められるいわれはない。
だというのにヤムチャはどうだ。後ろめたいことだらけだから恋人のブルマにウソをつき、取り繕うような言葉を連発するはめになるのだ。

でも今、少し大人になったブルマがわが身を省みて、しばらく前からヤムチャとの関係があまりうまくいっていないことで、ヤムチャばかりを一方的に責めるのは、いささか気の毒かも知れないと思えなくもなかった。
例えばつい最近のことを思い起こしてみる。

ひと月ほど前、サイヤ人の地球来襲以来、ようやく生き返ったヤムチャは心身ともに完全復活とはいえなかったのだろう。家族やクリリン、亀仙人、悟飯たちと、ナメック星人も加わった復活祝いのささやかなパーティーのあと、ようやく二人きりになれた部屋で甘い口付けと抱擁を交わすうちに、ヤムチャはそのまま眠りに落ちてしまったのである。
もちろんブルマとてそんな恋人に腹を立てたりはしない。端正な寝顔を見つめて、自分なりの愛情を再確認するのだった。何しろ10年以上を恋人として共に過ごしてきた。喧嘩はたくさんしたし、ヤムチャが死ぬ直前もそうだったわけだが、それと同じくらい楽しいこともいっぱいあった。地球レベルなら武道家として三本の指に入るくらいの達人のくせに、それ以外ではどこか頼りなく、年は同じでも時にはまるで弟のように可愛く思えるところもあった。そんなことをしみじみ思い出しながら、そっと額に口づけをして、部屋を後にしたのだった。なんだかんだ言っても、やっぱりヤムチャのことが好きなのだと思った。なにしろとてもハンサムだ。

遠慮してウーロンの部屋にいたプーアルに、ヤムチャの傍に行くように声をかけた後、何か夜食でもと、キッチンに続くダイニングへ入った、思いがけずそこにはベジータいた。
何処に行っていたのか、ここ一ヶ月ばかり姿を見なかったのだが、相変わらずの戦闘服姿である。アンダースーツだけはどうにかこうにか、準備した代用品に着替えさせてはいたが、フラリとどこかへ出かけて戻ってくると、それも毎回ボロボロになっていた。しかも今日の様子は、戦闘ジャケットもアンダースーツもいつにも増して凄まじい様子をしていた。もしかしたら、今朝、神龍によって、孫悟空ことベジータの呼ぶところのカカロットの所在が告げられたときに、ベジータもどこかで聞いていたのかもしれない。まあきっとそんなことで相当暴れてきたのだろうが、どこでどんな風に暴れたらここまでひどい状態になるのかブルマには見当もつかなかった。ただ明日の新聞を見るのがちょっと怖いなと思った。

「腹が減った」

ブルマが入ってきたのに気付くと、ベジータはなんだか偉そうに、腕を組んで胸を反らせ、そう宣告した。彼もまた誰にも媚びない男だった。恐ろしく強くて冷酷で容赦ない男が、ボロボロの格好で顎を突き出して自分に空腹を訴える姿がブルマには可笑しかった。そんな気持ちが表情に出たのか、ベジータはいぶかしそうな視線をブルマに投げかけている。

「あんたねえ、いい加減その戦闘服脱ぎなさいよ、そんな穴開いてるのなんてみっともないわよ。そもそも代えがないんならもう少し大切に着なさいよね。てか、とっくにボロだったけどさ。あ、そうだ、あたしが代わりになるの作ってあげようか」

ブルマは何気なくそんなことを言いながら、ベジータのために、冷蔵庫からハムの塊や、生でも食べられる大量の野菜や果物を出してやった。テーブルに並べられたそれらの食料を、ベジータはテーブルについて黙って食べはじめた。その間、ブルマは更に簡単に調理したレトルト食品をいくつかテーブルに追加する。

「かあさんはもう寝ちゃったし、それで足りなかったら明日の朝まで我慢することね。それから食事のときはシャワー浴びてちゃんと着替えてからこっちにいらっしゃいよ」

自分はボールに盛った苺をつまみながら、ベジータの向かいに座ってブルマはそう言った。

「あんた孫くんが宇宙で修行してるって、今日聞いてたんでしょ?」

ベジータが食事の手を止めないまま、フンと鼻を鳴らして肯定した。

「地球にいればさ、そのうち帰ってくるわよ、彼には妻も子もあるんだから。孫くんの奥さん可愛いわよ〜ちょっと気が強いけどね、って、あんた絶対ちょっかいだしたらダメだからね」

ここでベジータの眉間の皺が一瞬深くなったのを目ざとく見つけたブルマは、クスリと笑った。

「あんたもさ〜結婚しろとまでは言わないけど、もう少し地球に馴染んだっていいんじゃない?地球育ちの孫くんがスーパーサイヤ人とかいうのになったのも、きっとサイヤ人に地球の水があうからじゃないかしら」

食事を終えたベジータは、立ち上がると、おもむろに戦闘服を脱ぎ始めた。ブルマは苺のへたを唇の先でもてあそびながら、その様子を不思議そうに眺めていた。そんなブルマにたった今脱いだ戦闘服をポンと投げてよこすと、そのままベジータは部屋を出て行った。

その夜からブルマはラボにこもってしまったのである。軽い気持ちで口に出してしまったことがきっかけだったが、ベジータの戦闘服はブルマの好奇心を刺激するのに十分だった。そうして今日までヤムチャとは、もちろんベジータとも全く顔を合わせていなかったのだ。

「あたしって、仕事仕事で家庭を顧みない、昼ドラの亭主のようだわね。妻が浮気するのはしょうがないのかしら・・・」

ブルマは今度はさすがに自分にもちょっとは悪いところがあったようだと反省した。ヤムチャが生き返ったあの日の夜、愛情を再確認して、もう一度彼といい関係を築いていこうと思っていたのに・・・。ブルマはヤムチャをさがすべく、着替えのために自室へと戻って行った。

おしまい

ベジータがブルマのお古を着てた事