ブルマが歩いて銀河を渡った事 1

カプセル・コーポは、文明の最先端で常に先進社会の科学技術の舵取り役を担う立場にあると、その創立者であり社長であり、研究チームのトップであるブリーフ博士がどういうつもりでいたとしても、世間ではそのように認識されていた。
しかも、企業や団体ばかりでなく、カプセル・コーポが世に提供するものは、一般市民の日常生活に、大小あらゆる面で隅々にまで密接に繋がっており、たかだか一企業の一挙手一投足が、国家レベルから主婦の日常の家事に至るまで、多大なる影響を及ぼすと言っても過言ではなく、望めば大きな支配力をも発揮することができたに違いない。だがもちろん、ブリーフ博士は権力を欲するような類の人間とは程遠い人物であるのだが。

その近代社会の象徴ともいえるカプセル・コーポの創立者の家系は、そのイメージに反して、案外古くまでさかのぼることが出来る。
しかし家の経歴など古かろうが新しかろうが、歴史学者でもない限りそんなことに誰も価値など見出しはしない。ただ、蔵と呼ばれる建物の中に収められた、代々伝わる曰くつきの古い道具類や書物、文献、記録に囲まれて、かび臭い空気の中、小さな明り取りの窓から差し込む光線の中に埃が舞っているのを見つめているだけで、しばし郷愁にかられるのを楽しめる人はいるかもしれない。
だがもちろん、カプセル・コーポの一人娘であるブルマ嬢は、非常に実際的な少女であり、薄暗がりの中で空想を膨らませ、過去に思いを馳せるこということはなかった。彼女は今のところ(本人はもう十分一人前のつもりでいるが)、未来を追いかかるだけで精一杯の12歳の幼い少女である。
そんな彼女が蔵の中でやることは、訳知り顔で狭い通路をゆっくり移動しながら、細かな細工の施された小さなものを手にとって、それがどういう用途に使われたのかを推測したり、刀剣を鞘から引き抜いて、価値がありそうかなさそうか、自分なりの判別を下してみたり、古文書の類のメンテナンスの必要性を検討してみたり、というようなことだった。

* * *

この日の午後、学校が引けてブルマが帰宅すると、庭の深い方に面した居間の窓から、木々の間に見え隠れする蔵の扉が開いているのが見えた。
瓦屋根に白壁の、相当に古臭いその建物に、これまでブルマはあまり近づいたことがなかった。正直言うと、小さい頃はその時代がかった重々しい建物が怖かったのである。外から見上げる建物の白い壁に、小さく切り取られた窓の向こうは真っ黒で、幼いブルマの陰の部分の想像力をおおいに刺激した。もう今更そうでもなかったが、特にこれまでその場所に用事があったことがなかったのだ。

掃除でもしているのかと、開いた扉に手をかけて、中を覗き込みながら声をかけてみた。返事はなく、人気もなかった。埃の上に、両親のものらしい足跡は残っていた。そういえば、昨夜食事の席で、両親が蔵の引越しについて口にしたいたことを思い出した。老朽化の進んだ蔵ごと室内に移築して、中身ともどもよい状態で先々まで保存していくのいかないの、というようなことだったと思う。 薄暗い蔵の中に漂うひんやりとした空気が、少しだけブルマに足を踏み入れることをためらわせたが、12歳にもなるレディが、そんな非科学的な妄想のために行動を制限されるべきではないと考えたので、ブルマはそのまま蔵の奥へと踏み入った。

棚から棚へ、移動しながら検分に夢中になっていると、つま先にコツンと堅いものがあたった。ゴロゴロと小さな音をたてて、何か堅いものが転がる気配に目を向けると、両手の平で包み込めるほどの大きさの、鈍く輝くオレンジ色の球だった。壁にぶつかる手前で転がるのをやめたその球を拾い上げよく見ると、一見ガラスのようにも見える半透明の球の中心に、小さな星が二つきらめいていた。

「何かしら?きれいだわね〜」

その後、蔵の中の大量の所蔵品の搬出と、引越し先への搬入は、すべてブルマが采配をとった。特に文献の類は、ひとつひとつ丁寧に、紙の状態だけでなく、その内容の細部にいたるまでブルマによって目を通され、必要なメンテナンスと保存のための処理を施される。もちろんデータとしても保存され、その後ようやく、防腐防虫防塵加工され移築された蔵の中に、細かく分類、整理されながら、順次運び込まれていくのである。父親のブリーフ博士やその助手達も手伝ったが、一年半たった今でも、まだ全ての作業は完了していなかった。

* * *

だが、ブルマが蔵で見つけたものの正体は割れた。

龍球(ドラゴン・ボール)一星球から七星球の七つ全てを集めた者は、神龍によって、どんな願いもひとつだけかなえられる。
七つのドラゴン・ボールの前で呪文を唱えよ「出でよドラゴン、そして願いをかなえたまえ」と。

ミミズののたくったような読み取りにくい書体で、文語体で書かれた古文書によると、以上のようなことだった。
また、一度願いをかなえると、バラバラになって飛び散り、その後一年間はただの石となってしまうともあった。

「どうやって探せっていうのよ」

ブルマは眉根を寄せて、口を尖らせてつぶやいた。ブルマ専用のラボの中である。薄暗い中、中央に据えられたデスクの周辺だけが明るかった。デスクの上のうずたかく積まれた書類や、よくわからない機械や部品、工具に埋もれるようにブルマが陣取って、辛うじて片付けられた中央に鎮座する件の球に、腕を組んで難しい視線を落している。
ドラゴン・ボールに願うことは早々に絞れたのだが、その前に七つ集める方法を見つけなければならない。闇雲に歩き回って見つかるものではない。そんな探し方では生きている間にもうひとつ見つかるかもあやしいものだ。

そしてもうひとつ、ドラゴン・ボールの横に置かれた小さな古びた木箱があった。実を言えば、差しあたってブルマの一番の興味は、ドラゴン・ボールよりもむしろこちらの方だった。
中にはブルマの握りこぶし大の、細口の陶製の容器が入っており、堅くコルク栓がされている。振ってみるチャプチャプと音がして、中に液体が入っているのがわかる。一緒に収められていた紙片には「私を飲み干しなさい。そうすれば、夢の中で、あなたはあなたの運命の相手と会うことが出来るでしょう」と記されていた。
ドラゴン・ボールと比べると、こちらのほうは随分とうさんくさい。あの蔵の中に入っていたにも関わらず、紙質と印刷文字と書かれた言葉遣いから、古いといってもせいぜい20年というところである。そういう意味では新しすぎるが、飲むには相当の覚悟がいるくらい古すぎる。ただ、こちらはドラゴン・ボールと違い、すぐに試すことが出来るのだ。

しかも「運命の相手」とは大いに興味がある。予め運命の相手を知っていれば、ドラゴンボールへの願いも微妙に違ってくるかもしれない。それがハンサムであれば「運命の相手と一刻も早くめぐりあわせてください」になるし、あまりタイプでなければ「運命の相手を違う人にしてください」と願うこともできる。「運命の相手」というのが全くわからない今の状態であれば、どちらも軽がるしく願うのは危険すぎるから、当面の「すてきなボーイフレンド」を願っておいて、将来現れるかもしれない「運命の相手」はとりあえず現れたときのことにしておくしかない。
だが、そもそもそんなメロドラマチックなものがいるのだろうか。ブルマは運命論者ではなかった。だがそれを強く否定するほど、運命などというものについて考えたことがなかった。

すすけた木箱を睨みつけながら、ブルマはしばらく考えた。飲むべきか、飲まざるべきか。
こういう場合「飲む」というのを選択肢に入れる人間は極めて少ないだろうが、ブルマはその少数派だった。14歳という年齢はあまり関係ない。もう十分に分別のある年齢である。ブルマは実際的で論理的な少女だったが、それにも増して、好奇心旺盛で大胆不敵なところがあった。さらに、恋や素敵な恋愛といったことをうっとりと夢みる、うら若い乙女であった。
意を決したように、だが恐る恐る木箱に手を伸ばすと、蓋をはずし、中から容器を取り出した。小さなコルク栓を引き抜くと、スポンと、そのサイズに見合った小さな音がした。容器の口に鼻を近づけてみると無臭だった。おかしな匂いがすれば、さすがにブルマもためらったかもしれないが、決心が鈍るのを恐れるように、ブルマは一気に中身をあおった。

「・・・別におかしな味はしないわね」

しばらく自身の様子をうかがう。

「これといって何の変化もみられないわね・・・寝ればいいわけ?」

そう言いながら、もう一度手の中の容器を見る。

「ん?・・・何か書いてある・・・」

こげ茶色の小さな容器の側面に、目立たない黒い小さな文字を確かめるため、ブルマは容器をライトに近づけた。

― ただし、夢で見たことは、目覚めたときには全て忘れていることでしょう

あまりのことに、ブルマは口をあんぐりと開いて、しばらく言葉も出なかったが、突然怒りが沸点に達した。

「ムッカ〜〜!!何コレ!?これって結局インチキ?頭きたわっ!!!腹でもこわしたらどうしてくれんのよ!!!」

あまりの怒りと興奮で、立ち上がりかけたところを勢い余って椅子ごと後ろにひっくり返ると、頭でも打ったのか、ブルマはそのまま卒倒してしまった。

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