サイヤ人三人は、ラディッツの提案で、今回の仕事を三手に別れてかたづけることになった。
毎回毎回、つるんでやっているのもうっとうしくもあったし、たまたま同時に三つの依頼があったため、移動時間でつぶれるはずだった分の時間を有効に利用することもできる。ラディッツにしては、なかなか気の利いたことを言い出したものだ。
少しでも手ごたえのありそうな星を、ベジータもナッパもラディッツも欲しがったが、結局、ジャンケンで勝ったベジータに、真っ先に選ぶ権利が与えられた。それでも大した戦闘は望めないだろうと思っていたが、蓋を開けてみると案外使える奴もちらほら混じっており、お遊び程度には楽しませてくれた。
だが、最初のうちこそ現地の戦士達をもてあそぶようにあしらっていたはずだったが、しばらくすると、ベジータは予想外の事で苦戦を強いられることになった。
何故か日を追うごとに急激に体力が消耗し、ためしに休息をとっても一向に回復しないのだ。日々のゲームのような戦闘で使う体力など、強大なパワーを持つベジータにとっては何ほどのこともないが、確実に、それ以上の体力を失っていった。
原因はなんとなく察することができた。出撃前に食らったフリーザの、肩への一撃である。ただの傷ではなかった。出血はほとんどなかったものの、ぱっくりと割れた肩は、一向に傷がふさがらなかった。陰険でサディスティックなフリーザが、何か細工をしたに違いなかった。
結局ベジータは、現地の戦闘員の中でも一番手ごたえがあり、気に入って殺さずにおいた戦士の攻撃をまともに食らってしまい、そうとうなダメージを受けてしまったのだ。不本意ながら姿を隠し、今ベジータは、あまりの疲労とその上に受けた傷のため、懇々と眠り続けている最中だった。
ふと気付くと、傍に人の気配がした。警戒を要するようなものではなかったが、やけに間近で自分のことを覗き込んでいる様子である。これほど馴れ馴れしく、パーソナルスペースを無視して踏み込んで来るのは、あるいは踏み込んで来れるのは、ベジータの周りには一人しかいなかったが、それとはどうも違うような気がした。
「あんたがあたしの運命の人なの?」
遠慮がちな、か細い声がした。知らない声だった。女の声だと思った。知らないふりをしてそのまま眠っていたかったが、今こうして見知らぬ者の前で、無防備にひっくりかえっていることさえありえないのに、それではあまりに暢気すぎる。ベジータはしぶしぶ目を開いた。
大きな瞳と視線が重なった。色素の薄い虹彩が、不思議な輝きを湛えた瞳だった。そこにはいつも見慣れている、恐怖も絶望も、嘲笑もへつらいも軽蔑も読み取ることは出来なかった。ただ彼自身の姿を映しているだけの鏡のような瞳だった。
「・・・お前か?オレの傷を手当したのは」
やはりそれは女のようだった。胸のあたりにヒューマノイドの雌の特徴を持っていた。目に付くところは、べジータたちサイヤ人に極めて酷似した種族に思われた。ただ、色素は自分達よりかない薄いような気がした。肌は白くすべやかそうで、頬にはベジータたちと同じ赤い血の色が透けていた。髪の色と瞳の色は、今自分が死にかけているこの星の夕暮れ時の空の色だった。
ベジータの問いに、女は驚いたように首を左右に振って否定した。ベジータの体に視線を走らせると、初めて怪我に気付いたのか、青ざめた顔で再びベジータと視線を合わせた。
「あんた、怪我してるの?なんだか・・・死にかけてるみたいに見えるんだけど・・・まさか死なないわよね?」
不安そうな声に、それがどうした、と思う。オレの生き死にがどうしてお前に関係あるのだと。
「まるでオレが死ぬと困るみたいな言い方だな」
「困るわよ!だってあんたはあたしの運命の人なのよ。多分だけどね」
ベジータは、女の言葉が理解できずに眉をひそめる。どうやら女は、何故だか理由は分からないが、自分が死ぬことを望んでいないらしいことは理解できた。だが運命とは何のことだ?ベジータは、自分の疑問をそのまま言葉にした。
「あんたとあたしが、この先どっかで出会って結ばれるって、最初っから決まってるってことよ」
この女は馬鹿なのかも知れないと思った。もう殺してもよかったが(スカウターはなかったが、見たところそれはあまりにも簡単に出来るに違いない)、そんな体力さえ使うのが億劫だった。それに、さっきから薄々気がついていたが、どうやらこれは夢らしい。それならこの訳の分からなさは納得いく。
とはいえ、いくら夢にしたってどうしてよりにもよってこんな夢なのか、ベジータはげんなりとした。恐らく今度こそ本気で死が迫っているせいかもしれない。
「なんだそれは、誰がそんなことを決める?」
ベジータは、もうやけくそな気分で女の話に付き合うことにした。夢なのだから、いつもの自分と少々違うことをやってみてもかまわない。
「さあ、神様?」
「ケッ、いったいどこの迷信だ?」
「まあ、あたしも本気で信じてるわけじゃないけど、迷信も悪いことばかりじゃないわよ」
「なんだ、お前だって迷信だと思ってんじゃねえか」
女はさらに馬鹿らしい与太話をはじめた。もしこれが本当に夢なのだとしたら、それはベジータ自身が作り出したものだといえる。いったい自分のどの辺をつついたらこんな突拍子もない考えが出てくるのか、ベジータは理解に苦しんだ。
「寝ちゃったの?・・・ねえ、死なないわよね?ちゃんと生きてよ!あんた随分遠いところにいるみたいだけど、絶対あたしのところに来ないとだめよ。今日はあたしが来たんだから、次はあんたの番なんだからね」
女が何かを振り絞るように訴えかける。何なんだろう、この馬鹿女は。何を言っているのだろう。いったいオレに何を求めているのだろう。いったいオレは何を求めているのだろう。本当にこれがオレの夢の産物なのだろうか・・・
不安げに訴えかける女の声の響きに、何とも名状しがたい気持ちが湧き上がる。
「・・・ああ・・・そのうちな」
よくわからないまま、ベジータは思わずそうつぶやいて、伏せていた目を開いてもう一度女を見た。もう一度見たかった。
「オレが本当にその半身ってやつなら、そのうち行くだろうよ」
自分が行く時は女の星が滅びる時だ。だがそれはあまり気が進まないような気がした。だがやっぱり行ってみてもいいと思った。気が進まなければ滅ぼすこともないだろう。自分がしたいようにすればいいのだ。したくなければしなければいい。
突然女の夕暮れの空の瞳から、雫がこぼれた。ベジータはうろたえた。女は泣いているらしい。だがこんな風なのは見たことがなかった。ベジータの前で泣く者は、皆恐怖に駆られた者達ばかりだった。あるいは憎悪を込めて涙を流した。そんなものは全く意に介さなかった。笑いを誘いこそすれ、何もベジータの心には届かなかった。
だがこの女の涙は、何故かベジータを落ちつかなくさせた。
こんな夢、早く終わってしまえ、と、ベジータはたまらなくなった。突然喉の渇きを感じた。
こんな女、消えてしまえと顔をそむける。
「くそ、水・・・おい、ラディッツ!水だ!水をよこせ」
そこで夢は途切れた。
唐突に「おしまい」になりましたが、この後「はじめて空を〜」の第6話のベジータの目覚めのシーンにつながります
そっちの方はもうブルマは出ませんのであしからず