再び空を見上げたことと、その後の出来事 1

ヤムチャは今頃、何所でどうしているのかしら?

ある日ブルマは、高木の樹冠で、一年以上前に、何も告げずに自分の前から姿を消した、かつての恋人のことを思った。

どうにか枝にまたがって、幹の付け根辺りまで移動したことで、三十分前の絶体絶命的不安定な体勢よりは比較的ましだったが、果たして三十分後に今よりよい状況にあるための方策は思い浮かばなかった。

枝の上に腰掛けてしばらく休憩する間に、あればいいけどありそうにない、いくつかの可能性を考えた。

その一、孫くんが通りかかって助けてくれる。
その二、ヤムチャが通りかかって助けてくれる。
その三、悟飯くんが通りかかって助けてくれる。
その四、クリリンくんが通りかかって助けてくれる。
その五、ベジータが通りかかって見捨てていきそうになるのを、何とか言いくるめて助けるよう仕向ける。

ここでヤムチャのことがブルマの心に引っかかったのだが、もう、怒りも悲しみも伴わず、ヤムチャのことを思い出すことができる自分を、ブルマはぼんやりと自覚した。

ヤムチャが帰ってことないらしいことを確信した、最初の頃はひどいものだった。忠実なプーアルの必死の弁明も耳に届かず、ただただヤムチャの不実を恨んだ。
しかし、日がたつにつれ、どうやら女ではないらしいことがわかると、それはそれでショックだった。
プーアルが言う、「修行の旅」というのが本当だったとして、では何故自分に何も告げずに姿を消したのか、まったくヤムチャらしくないやり方に不審を抱いた。
ブルマがいちいち、何所其処へいつからいつまでの期間行ってきます、と言い置いて出かけるのが、らしくなくて不自然であるのと同様に、ヤムチャが後ろめたいことのない正当な理由で家を長期間空けるのに、ブルマに何も言わず、何もアピールせずに出かけることはとても不自然で、これまでに一度たりともないことだった。

浮ついた理由でフラフラ姿をくらましたわけでなく、何も告げず、覚悟を決めて出て行ったのだ。
認めたくはなかったが、何度も何度も、ブルマの自尊心がその可能性を打ち消したが、それでもどうやら認めざるを得なかった。
ブルマは、自分が「ふられた」のだと結論付けた。
心当たりがないわけではなかった。時々憑かれたようにラボにこもりっきりになり、恋人をほったらかしにする女に、あのやさしいヤムチャさえも、とうとう愛想を尽かしたに違いない。
あまり他人の心を推し量ろうとしないブルマも、そのくらいのことを想像できるくらいには大人になっていたし、自分の性格もある程度自覚しいた。
悲しかった。
十代のころからずっと一緒だった。ブルマの三十年の人生の中で、たった一人恋人と呼んだ相手だった。ブタとネコを別にすれば、一番身近にいた唯一の他人だった。

容姿は華やかで気が多い割りに、真心があって気持ちに偽りのないブルマは、脳内恋愛は別にして、実際の恋愛経験はヤムチャ以外にほ皆無だったし、偏って高い能力を持つ人間によくあるように、ブルマもまた、社会生活からはみだしがちで、良好な人間関係を築くのは苦手だったので、研究者として研究対象にはするどい観察眼を発揮するくせに、一個の人間として、恋人や親しい人間の気持ちを読むことはうまくなかった。
その上あまり複雑な思考回路の持ち主ではなく、極めて単純明快な性格でであるため、どうしてヤムチャがプーアルを残していったのか、その真意を察することができなかったり、独立独歩の恋人に対して抱く、男の微妙な劣等感だとか、ジレンマだとかを理解することができなかった。

まあ、そんな風な感じで、短絡的に「ふられた」のだと決めつけてしまい、悲しくもあり、恨めしくもあり、怒りがこみ上げないでもなかったが、ブルマの身辺は、そういつまでも悶々と感情の淵に沈みこんでいられる環境ではなかった。

「おい、地球人、壁に亀裂が入っているぞ」

「おい、地球人、制御システムがエラーをおこしている」

「おい、地球人、このスーツは不良品だ、もっとまともなもの作れ」

「おい、地球人、床材をもっと耐久性の高いものと取り替えろ」

「おい、地球人、オレがもどるまでに壁面の穴をふさいどけ」

激情のままに声をあげて泣いているときでも、しんみりとした気分で星明りの下、庭の木立の間を歩いているときでも、一人になりたくて、ジェットフライヤーで人気のない岸壁まで出かけ、潮風に吹かれているときでも、人が今どんな気分でいるのかまったくお構いなしで、しかも平然とした顔で、必ず決まって水を差す男がいた。

「ちょっとサイヤ人!あんた何さまのつもりか知らないけどさ、そうまで遠慮会釈もなく、よくも人をこき使えたものだわね」

「大体これいくらすると思ってんの、サイヤ人!タダじゃないのよ、タダじゃ!あんたたちんとこじゃどうやってたか知らないけどね、地球では、何かを手に入れようと思ったら代価を支払わないといけないの。わかる?」

「うちは相当金持ちだし、しみったれたこと言いたくないけど、こう頻繁にやられちゃたまんないのよ、サイヤ人!」

「だいたい資源には限りがあるっての。特にコンピューターの基板には希少な金属だって使ってんのよ。せめて再利用できるくらい手加減しなさいよ。ていうかこの辺よけて壊しなさいよ。堀り尽くしたから次の星のを掘りに行くとか、あんたらみたいに簡単じゃないのよ、サイヤ人!」

「何よその目は、サイヤ人って呼ばれるのが気に入らないの?あんたがあたしのこと名前で呼ぶまで、あたしだってあんたのこと、名前で呼んであげないことにしたの!」

「だいたいあたし今すっごく落ち込んでるのよ。見てわからない?もうちょっと気をつかいなさいっての!」

とにかく、機械に対してしまえば総てを忘れて集中してしまう。仕事を片付けて自分の用事も済ませた後、何もすることがなくなって、さあいまから存分に落ち込んでやろうとしていると、またサイヤ人が何かしら仕事を押し付けにブルマのところにやってくる。その繰り返しだった。
しかも、トレーニングの結果がままならないベジータの苛立ちと比例するように、ブルマの仕事量は増えていくのだ。ベジータはブルマたちの前では、弱みを見せるのがいやなのか、平気な顔をしていたが、重力室の惨状と、体から流す血の量が、ベジータの焦りを物語っていた。

いつしかブルマは落ち込むことをあきらめてしまった。気がついたらもうそれほど悲しくもなかったし、怒りもなかった。とにかく忙しかったし、忙しいのは嫌ではなかった。むしろ楽しんでいた。そういえば、最初から楽しかったような気もする。もちろんベジータが怪我を負うことは楽しくないが、ヤムチャがいた時から、ベジータが自分を探しに来るのをいつも待っていた。ベジータに関係する仕事の内容が興味深いこということもあったが、それだけでもなかった。

ベジータは、あの未来から来た不思議な少年の予言を聞いた後、カプセル・コーポの重力室を占拠するようになってから、なんとなくカプセル・コーポに住みついている感じにはなったが、まだ地球にやってきたばかりの頃は、せいぜい「出入りしている」程度だった。とはいえ、他の何所にも住んでない以上、やはりカプセル・コーポが最初から彼の地球での本拠地ではあったのだが、その頃から、ブルマはベジータの戦闘服についていろいろと調べていた。最終的には同じようなものか、それ以上のものを完成させるつもりである。地球にはない素材が使われているわけだし、かなり困難な仕事である。だが困難であればあるほど、ブルマはその仕事に熱中し、一層ラボにこもりがちになった

最初は素材の代用品をひとつひとつ検証していたのだが、いくつもの試作品はどれも納得のいくものには仕上がらなかった。その後まったく違う方向から挑んでみることにしたわけだが、その関連で東の都の近くの村に住む科学者の研究テーマに興味を覚え、訪ねた帰りに何故か今、高い木の上で往生しているわけである。

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