家なき子となった生き残りサイヤ人たちの事 1

惑星ベジータが吹っ飛んだ時、遠征に行っていたナッパは危うく難を逃れた。

現ベジータ王の代になってサイヤ人は、惑星ベジータのある星域に忽然と現れたフリーザ軍の、高度なテクノロジーの提供を見返りに、彼らからの仕事を請け負う契約を結んだ。だが、次第にサイヤ人に対して威圧的な態度をとりはじめたフリーザに対して、サイヤ人たちの不満は日に日に募り、王子の引渡しの要求を決め手に、とうとうフリーザに背いて武力行動を起こすことを決意した。そのため、当時、ほとんどのサイヤ人は惑星ベジータに集結していたのだった。
ただ、たまたま一番遠くにいた彼にまで召集の指令が届いた時には間に合わず、決起の時に帰り着くことはできなかった。
ポッドが馴染みの星域にたどり着いたときには、母星のあった位置を中心におびただしい数の流星が確認できるだけで、見慣れた赤い星、惑星ベジータは跡形もなく消え去っていたのだった。

ナッパは小さなポッドから見えるその光景を前に、何が起こったのか状況が把握できず、普段特に活用することのない思考をフル回転させる努力をするも、その甲斐なく、ただただ混乱の極みへと追い込まれるばかりだった。召還命令は受けたが、何のためのものだったのかナッパは知らなかった。フリーザ側に傍受されることを恐れて、通信は「至急帰還セヨ」と必要最小限のものだけだったからだ。

ナッパは知る由もなかったが、同じような立場のサイヤ人たちは実は他にもいた。そのほとんどは、この光景を見て間もなく、フリーザ軍の攻撃によって、ポッドごと撃墜されてしまったのだった。果てない宇宙空間に放り出された小さなポッドの中に閉じ込められた状態では、さすがのサイヤ人も、最新テクノロジーで鎧われた宇宙船に対して反撃の仕様もなかった。
しかしナッパはそのフリーザの宇宙船によって救助された。

エリート戦士であるナッパは、上層部がフリーザたちに反感を抱いていたことは知っていた。だが、そういう政治的な内容はナッパの領分ではなかった。命令があればフリーザ軍だろうと、さらに大きな力を持つ何者か(そんなものがあればだが)に対してであろうと、戦いを挑むことに躊躇はなかったが、彼が知る限りでは、あまり良好とは言えなくなってきたとはいえ、いまだフリーザ軍はサイヤ人の盟友だった。

しかし、突然の召還命令が何のためのものだったのか、混乱から立ち直って落ち着いて考えれば考えるほど、対フリーザ軍の備えだったような気がしてならない。そのタイミングでの母星の消滅である。フリーザ軍からの状況説明は、巨大隕石の衝突というものだったが、フリーザたちの言うことをそのまま鵜呑みにしてしまうほどナッパは単純ではなかった。疑いを抱きつつもフリーザ軍に身を任せることにしたのは、フリーザ軍の宇宙船に彼らサイヤ人の幼い王子が乗ってるということを知らされたからに過ぎない。
たとえ母星と同胞が宇宙の塵と消えたことがフリーザの仕業だったとして、ナッパひとりで何も出来ることはなかったし、サイヤ人が幼い頃からの経験で培う精神構造の中では、自分以外の誰かを守るためや、すでに失われたもののための復讐に、自らの命をかけて戦うということは美徳とはいえなかった。だが、何ものにも執着や愛着を示さないサイヤ人も、種族や、ことに自身の「誇り」というものが関わってくると、恐ろしいほど執念深かった。それは戦闘力が高ければ高いほどその度合いは大きかった。

ナッパが初めて王子に引き合わされたのは、フリーザの宇宙船に拾われて、サイヤ人サイクル、ヒューマノイド型の種族の標準で数えると翌日のことだった。
その間、ナッパは小さな寝台とトイレ、テーブルと椅子だけが置かれた殺風景な部屋をあたえられ、フリーザ軍から惑星ベジータがどうなったかの説明を受け、その後いくつかの質問に答えさせられた。そんな扱いはまったく気に入らなかったが、相手はフリーザ軍であるし、状況もいまいち飲み込めていない。しかも部屋に鍵がかかっているわけでもなく、自由に出入り出来たこともあって、なんとか不機嫌程度で抑えることが出来た。それでも幾人かのけが人を出さないわけにはいかなかったのだが。
救助された後、一度睡眠をとって食事を済ませたのを見計らったかのように、節足系の気味の悪い兵士がやってきて、王子のところに案内させていただきますと、ビクビクしながら馬鹿丁寧に言った。
ベジータ王子がこの宇宙船に乗っているのだと聞かされてはいたが、それまで完全には信じていなかった。

案内された部屋はナッパにあてがわれていた部屋よりはるかに広かった。宇宙船の中のことなので、調度類はどれもシンプルで機能的なものが最小限置かれているだけなので、殺風景であるところは似通っていたが、壁には大きな窓が切られており、外には底の見えない暗い宇宙が広がっていた。星の位置関係から見ると、本来ならその窓の向こうには、惑星ベジータの姿があるべきだった。
窓の傍に、こちらに小さな背中を向けて立つ人物の姿があった。貴人だけに許されたマントを羽織っているために、尻尾の有無は確認できなかったが、周囲を威嚇するように逆立った黒髪は、いかにもサイヤ人らしい特徴があったし、そのシルエットには、いつか見かけたことのある小さな王子の姿が重なった。

ナッパを案内してきた兵士は、自分の役目を終えるとさっさと姿をくらました。サイヤ人などという物騒な連中とは、なるだけ関わらないにこしたことはない。
ナッパは部屋の中央まで進み入ると、万一のために十分な距離をとって立ち止まった。子供とはいえ、油断できないほどにスカウターに表示される数値は大きなものだった。
ナッパは突っ立ったまま、しばらく小さな後ろ姿を見つめていた。それはサイヤ人の礼儀にかなった態度だった。サイヤ人は上級戦士から下級戦士まで、厳しくいくつかの段階に分けられていたが、それはあくまでも能力の差であって、封建的な身分の差ではなかった。だから平伏したり、跪いたり、儀礼的に恐れ入ったような態度をとる必要はない。そういう意味のない、無駄な動作はサイヤ人の憎むところだった。
王族だけは特別な敬意を払われてはいたが、それだけに戦闘力が低ければ、一般の出自以上の屈辱を味わうはめになった。

ジロジロと無遠慮に小さな体を見ていると、子供は突然クルリと振り向いた。動きに合わせて、赤いマントがヒラリとなびいた。プヨプヨと柔らかそうな頬をした、まるっきりの子供だった。スカウターをしていなければ、うっかり近づいて首根っこ掴んでぶらさげて、その頬をつまんで引っ張ってしまったかも知れない。だが、きっとそうする前に、真っ直ぐに向けられるその視線にひるんで思いとどまったことだろう。

「おまえがオレの面倒を見るのか」

不意に子供が声を発した。子供らしいキンキンと高い声だが、恐ろしく不遜な響きがこもっていた。名前を問われたので名乗った。

「ナッパか、見たことあるな。上級戦士か。フン、まあまあ使えそうだ」

子供の言い草にナッパはムッとした。だがその子供とは思えないほどの高い戦闘力は、今はまだ及ばないにしても、成長とともにすぐにナッパに匹敵するほどになるだろうし、経験を重ねるごとに確実に追い抜いてしまうだろうことが予感されたので、ナッパは込上げる衝動をぐっとこらえた。サイヤ人にとって、力こそが絶対であり、なおかつ相手は王子だった。王国はすでに失われてはいたが・・・

「外を見てみろ。惑星ベジータはもうない。サイヤ人はオレたちだけらしいぞ」

「・・・王子は、どういういきさつでこの船に乗っているんで?」

王子は左目にはめたスカウターのスイッチを切ると、あどけない可愛らしい顔つきに似合わぬ、厳しい眼差しでナッパに合図を送った。ナッパにも同じようにせよと言っているらしい。ナッパは指示に従った。スカウターは通信機にもなっている。周波数を合わせれば、会話は誰に聞かれていてもおかしくない。

「二週間前だ。父王はオレをフリーザに人質に差し出した。オレはついさっきまで、こことは違う部屋に閉じ込められていた」

窓もなく、モニターや、スカウターを含めた通信機類はなにも与えられなかった。外の様子を知る手段は何もなかった。王に、何もせず迎えを待て、と言い含められていた王子は、状況もわからぬまま大人しく部屋にこもっていたらしい。
個人の戦闘ではなく、組織で作戦を実行する時、上の命令は絶対だった。それにしても、どういう状況だったのかは知らないが、二週間もの間、唯々諾々とただ待ち続けたらしい行動力のなさは、特に考えるより先に体が動いてしまうタイプのナッパからすると、戦闘民族の王子の資質としては覇気がなさすぎのようで残念でならなかった。

「今朝この部屋に連れて来られた。惑星ベジータはなくなっていた」

「・・・」

「お前が一番遠くに行っていたのだな。最後に戻ってきたお前だけがオレのために残されたらしい」

最後に戻ってきた、と王子は言った。おそらく、ナッパの前にも戻って来た者があっただろうが、彼らは「残されなかった」と王子は考えているらしい。いくら早熟のサイヤ人とはいえ、若干五歳の洞察力とは思えなかった。サイヤ人は、戦闘力が高ければ高いほど、精神年齢も比例して高いと認識されていたが、王子の戦闘力はずば抜けて高い。おそらく実戦経験を積めば、先ほど物足りなく感じた部分もすぐに解消されるに違いないとナッパは考えた。
口ばかりは生意気なことを言うくせに、巨大な長虫に追いかけられて、尻尾をだらしなくひらひら宙に漂わせながら、ビービー泣き喚きながら逃げ回る下級戦士の子供のことを思い浮かべる。

確かアレも、王子と同じ年の生まれだったな・・・

「一族の弔い合戦でもやらかしますか?」

その言葉に心底驚いたといった風に、王子は目を見開いてナッパを見上げた。その表情は年相応の、ひどく子供らしいものだった。

「上級戦士のくせに、おまえは馬鹿なのか?」

ナッパは再びムッとする。この王子はやはり頭でっかちの慎重派らしいと決め付ける。
ちょうどそのとき、部屋の扉が開いた。ナッパは反射的にスカウターのスイッチを入れてそちらを振り向いた。ヒューマノイドタイプの若い男がひとり立っていた。まだ少年といっていいほどで、身体つきはほっそりと未だ戦士としては完成されていないように見えたが、スカウターの数値はサイヤ人の最高レベルの戦闘力を上回っていた。肌や髪だけがサイヤ人とは似ても似つかない青みを帯びた色をしており、どこかナルシスチックな雰囲気を漂わせていた。

目次 2>>

家なき子となった生き残りサイヤ人たちの事