家なき子となった生き残りサイヤ人たちの事 4

「せいぜい鍛えてもらうんだな」

ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべながらバーダックはそう言った。

下区の居酒屋で仲間と一杯ひっかけていた父親を見つけ出し、間もなくスカウターをもらうがどうせなら上級戦士と組みたいから口をきいてくれと話すと、少し考えるように視線を宙にさまよわせ、心当たりがあると言ってスカウターでどこかと連絡をとってくれた。その間父親の仲間に散々からかわれ、ようやく反撃体勢をとったところで背中に蹴りを入れられた。振り返ると蹴りを入れたのは父親で、段取りはつけといてやったから、と、上記の台詞をはなむけに、後は居酒屋から追い出されてしまった。

誕生日に役所の窓口でスカウターと戦闘服を受け取った。窓口では老いた男が対応したが、ラディッツは老人を見たのは初めてだった。戦闘民族であるサイヤ人は一般のヒューマノイドの種族より若い時期が長い。また、人生のほとんどを戦いの中で過ごしているため、老化が始まると死亡率は急激に跳ね上がる。そのため「老人」と言われるまで生き延びる者は皆無に近かった。ただ、最下級の非戦闘員は例外だが、そもそもその数は極めて少数のため、やはり「老人」は希少なのだ。

薄暗くて細長い通路のような部屋で、広い方の片側の壁に開いた小さな窓から装備一式を受け取る。受け取るときに間近に見た皺だらけの手を薄気味悪いと思った。隅のほうで着替えてもいいというので、すぐにそれらを装着すると、ドキドキしながらスカウターのスイッチを入れた。細く長い電子音とともに、暗号のような数字と記号と文字の羅列が上へと流れ、自動的に初期設定を行う。やがて初動画面らしきところで落ち着くと、間髪いれず、突然外部からの着信が入った。一瞬どうすればいいかわからず、助けを求めるように窓口へ目を向けると、ラディッツの様子を察した老人が、手まねで操作を教えてくれた。

『遅い!何をちんたらやっている。バーダックの子だな。五分後に出撃だ。さっさとカミイチへ来るんだ』

突然怒鳴り声がしたかと思うと、また突然切れてしまった。呆然としていると、老人が急げとうながした。声は外まで漏れて、老人の耳にまで入っていたらしい。
カミイチとは上一、上一区のことで王宮のことだが、一般には王宮に隣接した戦闘員用の丸型ポッドの発着所のことを指しており、サイヤ人はここから八方の星域に出撃し、再びここへ帰還する。星送りの赤ん坊たちもここから送られ、数年後、任務を果たすことができた者はここへ戻ってくる。ラディッツはなんとか五分以内にたどり着くことができたが、あわただしく人が行き来する広い格納庫の中、いったい誰が自分を呼び出したのかわからずおろおろとしていると、突然首のあたりを引っ張られ、体が浮いた。

「バーダックの子だな」

禿頭の大男が、自分の目の高さにラディッツをぶらさげ、顔を覗き込むように確認した。ラディッツの真新しいスカウターは相手が上級戦士だということを示していた。その上級戦士は、ラディッツの返事を待たずに首根っこをつかんだまま人の波を縫って移動する。突然体が宙に放たれ、軽い衝撃とともに、狭い場所に収まった。男が屈みこんできて、ラディッツの前に並んだ計器を太い指で差しながら説明した。

「ここを押せばふたが閉まる。次にここを押せ。後は寝ているだけだ。勝手に目的地まで運んでくれる。これは遠隔操作用のリモコン。なくすなよ」

そう言ってボタンのついたカードを渡すと、上級戦士はラディッツの方に乗り出していた体を引いた。

「ちょ、ちょっと待って、あんた誰だよ。オレ、今からどこ行くの?」

「あ?わかってるだろう?バーダックの野郎に頼まれたからオレはお前を指名してやったんだぜ?ナッパだ。行き先はポッドが知ってる。後がつまってんだ。さっさと行け」

こんなチビが役にたつのか?とんでもねえもんを押し付けられたもんだ、と、独り言をいいながら、ナッパと名乗った大男は隣に待機しているポッドの方に歩いていった。ラディッツは、自分が戦闘員用の丸型ポッドの中にいることに初めて気がついた。

* * *

カムデは惑星ベジータの約1.5倍の重力を持つ星だった。果てしなく広がる大地は赤い土に覆われ、一見、植物や生き物の気配はどこにもなかった。地上に立っていても常に噴煙を巻き上げている数多くの活火山が確認でき、目に見える範囲で、どこかしらの火口から火柱がたっていた。そこかしこのひび割れからは煙が上がっている。空は厚い雲だか噴煙だかに覆われ、何色をしているのかさえわからなかった。万一この星に月があったとしても何の意味もないだろう。
初めて異星に降り立ったラディッツは、最初のうちは熱風と立ち込める灰で呼吸もままならなかった。重い重力で体も思うように動かない。

「まあおまえなら、ぎりぎり死なないくらいの環境だ」

カムデに到着したばかりのラディッツの戦闘力を確認しながらそう言ったナッパは、いたって普通に体を動かしていた。

カムデには植物はなかったが、生き物はいた。巨大な長虫で、胴体はいくつもの節に分かれていた。体の両脇にワサワサと蠢く、それ自体も独立した生き物であるかのようなたくさんの足が並び、頭部にはいかつい顎が獲物を狙って開閉している。おぞましい姿にラディッツは思わず悲鳴をあげてしまった。

「ばかめ、あれを殺らんことにはメシもないぞ」

ニヤニヤと笑いながら言うナッパの言葉に、どうやらアレを食うらしいということを知って、さらに血の気の引く思いだった。

惑星ベジータを後にして六週間、カムデに到着して一週間がたった。ラディッツもようやくカムデの環境にも適応し、ナッパの罵声は相変わらずであっても、その中に幾分面白がるような響きが混じってきた。うっかり止めの気砲をはずして、無様にも長虫野郎に追い掛け回されていると、切り立った崖の上でナッパが笑い転げていたりした。

「オッサンはオレの誇りを傷つけているぞ」

ようやくその日の仕事がひと段落して、仕留めた長虫を食いちぎりながら、向かいで同じようにやっているナッパに、ラディッツは言った。

「誇りだと?笑わせやがる。だいたいお前はどんな教育を受けてきたんだ?いくら下級戦士とはいえ、なんだ、あのだらしのない尻尾は。ヒラヒラ宙を泳がせるのはやめてくれ。おかしくて腹がよじれる」

実際その通りだったので、ラディッツは不機嫌そうに口をつぐむ。ほとんど野放しで育った免れっ子は、全体的に雑に育っていた。特に戦闘時にこそ、しっかりと腰に巻きつけておかなければならない尻尾も、普段は気をつけていても、激しい動きに意識を集中していると、体のバランスをとるのに容易なように、うっかり腰から離れて宙をさまよっていることがある。例えばそういう無意識にコントロールできるまで意識的に押さえ込まなければならないことなど、周囲に厳しい指導者の目がないために特に徹底されていなかった。

「ところでオッサンは、オレの親父とどういう知り合いなんだ?」

「知り合いだと。ガキのくせにしゃれたことを言いやがるなあ。なんでオレさまが下級戦士なんかと知り合いなんだよ。ただの顔見知りだ」

そういうのは「知り合い」とは言わないのかと、ラディッツは首をかしげる。

「賭場で何度か顔を合わせたことがある。まあ、ちょっと足りない分を立て替えてもらったことがあったかも知れんな」

なるほど、借りがあるらしい。だから下級戦士のガキの、しかも免れっ子の面倒を見ることを承知したのだろう。

* * *

カデムでの戦闘は、戦闘というよりは命がけのゲームのようなものだった。サイヤ人勝利で間もなくゲーム・オーバーを向かえようとしている頃、母性からの通信が入った。

『至急帰還セヨ』

どういうことなのか、ラディッツにはいまいち飲み込めなかった。帰って来いと言っていることはもちろんわかる。つまり現場を放棄して、なにがなんでも帰って来いということなのだろうか。今すぐ?間もなく掃討できるのに?
離れた場所で、ラディッツと長虫の攻防を見物していたナッパの方に目をやると、立ち上がって尻の埃をはたいていた。長虫の攻撃を避け、岩陰に身を滑り込ませてスカウターに呼びかけてみる。

『ああ、現場を放棄して至急帰還だ。先に行っている。お前もさっさとそいつを殺って追いかけて来い』

「ちょっ、、、オッサン、待てよ、ほら、あと三匹出てきちまったよ。行くならこいつ殺るの手伝ってから行けよ。多分これでしまいだ」

ラディッツの隠れている岩の隙間を、新たに巣穴から出てきたヤツらを含めた四匹の長虫が、顎を鳴らしながら覗き込んでいた。

『親元で育った免れっ子は甘ったれだな。そういう危機を命がけで乗り越えてサイヤ人は強くなるんだぜ』

ガハハと笑いながら、ナッパが呼び寄せたポッドに乗り込む姿が遠くに確認できた。ラディッツはなりふり構わず泣き喚いたが、ナッパを乗せたポッドは地上の炎を映した赤い雲と黒煙の向こうに消え去った。

「チクショー!なんて野郎だ!禿げのくせに!絶対脱出して、絶対ぜ〜ったい泣かしてやるからな!」

岩の隙間で身動きとれないまま、ラディッツはあらん限りの悪態を叫び続けた。

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