家なき子となった生き残りサイヤ人たちの事 3

ベジータ王子と同じ年に生まれた赤ん坊は、恩赦で一人も星送りにはならなかった。だからといって、サイヤ人の誰一人としてそのことに感謝するわけでも恨むわけでもない。そんなことは特にサイヤ人たちの興味を引くようなニュースではないからだ。当の本人たちは何かしら思うところはあったかも知れないが、それは成長してものがわかるようになるまでは何とも言えない。
生まれた赤ん坊はすぐに手放して体制側に任せてしまううえに、何事においても執着心の薄いサイヤ人たちは、自分の子供の行く末についても心にかけるようなことはなかった。それでもある日、成長したわが子にばったりと出会うこともある。それは戦場のこともあるし、たまたま立ち寄った歓楽街のうらぶれた酒屋で一杯ひっかけている時のこともある。そんな時に、相手の戦闘力を見てそれが高ければ、やはり満足を覚えたりはする。さすが自分の血を引くだけのことはあると。

なぜ生まれてすぐに別れ別れになった親子が相手をそれと認識できるのかといえば、サイヤ人の中級、下級戦士は左肩に、どの血筋であるかを明らかにする認識タグが埋め込まれているからである。サイヤ人用のスカウターは総て、その認識タグを読み取るためにカスタマイズされている。サイヤ人は少数民族でしかも肉親との縁が薄いこともあり、うっかり近親者同士で子供をつくらないためにとられた措置である。ただし、上級戦士は出自がしっかりと管理され公にもされているので、そのような奴隷まがいの扱いを受けることはない。

「免れた子供たち」は、本来星送りにならないひとつ上の階級と同じ施設で、初陣に出る五歳までを訓練と鍛錬で過ごすことになったのだが、そこは当然、何事においても力ある者が優先されるため、彼らはほとんど屋外の何の設備もない場所で、遊び半分の乱闘を繰り返すことで己を鍛えていくしかなかった。遊び半分とはいえサイヤ人のこと、時には相当の怪我を負うものもある。

彼らのお決まりの場所は、王宮を中心にした首都の外れにある、今は廃墟となった巨大な要塞の跡である。ここはかつて、先住の一族が、主にサイヤ一族の攻撃を食い止めるための要所となった砦で、当時のサイヤ人によって、徹底的に攻撃、破壊され、今は放置された場所であった。
金属や頑強な樹脂で作られた壁や床は、潰され、変形し、大きな穴が穿たれ、かつての戦闘の激しさを物語っていたが、劣化し、崩落するままにまかせ、長い間野ざらしとなったそこは、時とともに、静かでものさびしい、古戦場独特の雰囲気をかもし出すようになっていた。もちろんサイヤ人の子供も大人も、そんなことは知ったことではない。

「おい、ラディッツ、どこ行くんだ」

頭から大量の血を流しながら、フラフラと一団から離れていくラディッツに、仲間の一人が声をかけた。

「ああ、ちょっと」

ラディッツは振り向きもせずに、手をひらひらとさせてほっといてくれと合図を送った。

バーダックの子ラディッツは、ベジータ王子と同じ年に生まれた下級戦士で、「免れた子供たち」のうちの一人だった。仲間から離れたラディッツは、首都のぐるりを縁取るように配置された下級戦士の居住区にある、父親の自宅へと向かった。
「免れた子供たち」は、例外的に比較的肉親との縁が濃い。星送りを免除しても、体制側が、送られなかった者たち総ての面倒を見るわけでもなく、結局、両親の方に子供の寝食の面倒を負担させることにしたからである。とはいえ両親も任務中は自宅を空けているわけだらから、子供のほうは訓練施設からもはじかれ、一年のうちの大半を浮浪児のように生活していた。
だが、ラディッツの家にはここしばらく、身重の母親が自宅待機中だった。腹がせり出してくる妊娠5ヶ月頃から出産まで、身ごもった女は戦闘に出ることを禁止されている。ラディッツの母親の腹の中の子は、もう今日明日にも出てきてもおかしくない状態だった。

下三区にある自宅の古びた扉を開くと、薄暗い部屋の中には意外にも、遠征に行っていた父親が帰っていた。窓際に引っ張っていった椅子にだらしなく座り、酒瓶から直接口に酒を流し込みながら、飛び込んできたラディッツをギロリと睨む。血で穢れたラディッツの顔を見てさらに険悪な視線を投げつけたが、そのことについては何も言わず、弟の誕生を告げた。

「弟は星送りだ。お袋さんとカカロットは産院にいる。間もなく当局が回収に来る。見たいんなら今のうちだぞ」

改めて父親にそう言われて、ラディッツは自分が生まれたばかりの弟を見たいのかどうかよくわからず首をかしげた。だがやはり、赤ん坊がもう生まれたか確認するために自分はここまでやってきたのだと思いなおすと、産院に向かうために再び家の外に出ようとするのを、父親に引き止められた。

「バカめ、血を流してから行け。そんなナリじゃ入れてもらえるもんか」

身を清めたラディッツは、中区にある産院を訪れた。何処へ行くべきかと、人気のない閑散とした広いホールでキョロキョロしていると、奥から靴音を響かせて近づいてくる人影があった。

「ラディッツ坊や、あんた弟を見に来たの?」

ラディッツの目の前に立ち止まったスラリと背の高い人物は、彼の母親だった。腰まで覆う長い黒髪が、ラディッツとよく似ていた。ほんの数時間前に出産したばかりで、もうすでに戦闘服に身を包み、左目にはスカウターを装着していた。母親は身をかがめて、戦闘服から伸びたむき出しの筋肉質の腕でラディッツを軽々と抱き上げると、顔をのぞき込みながら話しかけた。

「あたしはさ、今からチームとの打ち合わせがあるんだけど、そのあと多分現場直行だから、あんたに会えてよかったわよ。家にバーダックがいたでしょ?」

「いたけど多分もういない」

「ああ、どうせ博打か酒でしょ。でもあんたも五歳だし、スカウターもらえんでしょ?そしたら今度はいつ会えるかわからないわね。どっかの現場で会えるといいと思ってるわ。それまでちゃんと生き延びなさいよ。」

「バーダックの子だからな」

「そう、あたしの子でもあるわ。バーダックは下級戦士のくせにハンパなく強い。あたしはハンパなく強運。あんたはあたしの強運のほうを引き継いだのかしら、星送りを免れたもの。あんたの弟は星送りだけどさ、どっちもあたしたちの子だから、そうそう死にはしないわよ」

「星送りを免れたのは運がいいのか?オレはそっちの方が面白そうだと思った。カカロットはずるい」

「まあ、そう言われてみるとそうかもね。あんたたちって放置だもんね。でもあたしはけっこう楽しかったわ。実はさ、家族殺されて半狂乱になる異性人の気持ち、ちょっとだけわかったかも。バーダックもそう思ってるんじゃないかしら。だから多分あたしたちサイヤ人は、家族とか、大切なものになりそうなものを遠ざけるんじゃないかなって、ね。あんたにはちょっと難しいか?
さてと、もう行かないと。あんた意気地ないとこあるけど、そのほうが案外しぶとく生き残るものよ。まあせいぜいがんばりなさいな」

あと一時間もしないうちに回収に来るから、見たいならさっさと見に行きなさい、と言って、赤ん坊のいる部屋の位置を教えると、後はもう振り向きもせずに、ラディッツの母親は産院を後にした。

サイヤ人は五歳になるとスカウターが支給される。スカウターを受け取るということは戦場に出るということだ。なんとなく厄介者あつかいされていた免(まぬが)れっ子も、ようやく今年に入ってて順次五歳の誕生日を迎え、ラディッツの仲間も、ひとりまたひとりと、あの廃墟から姿を消していっていた。ようやく、大手を振って一族としての名乗りをあげられるのだ。

ラディッツは母親に教えられた部屋の前に立った。勝手に部屋には入れないようで、扉は硬く閉ざされたままだった。だが、廊下から部屋の中が見渡せるように、壁には大きな窓が切り取られていた。ラディッツは窓から中を覗き込む。保育器の中の赤ん坊を見るには身長が足りないので、床から自分の身長と同じ分ほど、体を宙に浮かせている。今日の午前中に、この産院で生まれた五人の赤ん坊が窓際の保育器の中に収められていた。スカウターがあれば、生まれてすぐに左肩に埋め込まれるタグのおかげで、どれが誰の子であるのかすぐにわかるのであろうが、あいにくラディッツはまだスカウターを持っていなかった。誰かに聞こうにも、不思議なほどに人の気配はない。血で汚れたままでも、おそらく誰にも咎められることはなかっただろう。こういう施設はほとんどがシステム管理されており、あまり人手がかからないようになっている。
だが、わざわざ人に聞くまでもなく、ラディッツはカカロットらしき赤ん坊を見つけることができた。それは、生まれたばかりのくせにやけに父親のバーダックに似ていた。

「カカロット」

ガラスにはりついて名前を呼んでみた。もちろん赤ん坊は返事などしなかった。
弟は間もなく遠くの星に送り込まれる。なぜ自分は送り込まれなかったのか。送り込まれないだけの相応の戦闘力を持っているからではなく、ただ王子と同じ年に生まれたからというだけだった。
別に星送りされたかったわけではない。サイヤ人は階級ごとに決められた訓練コースを五歳までこなし初陣に出る。振り分けられた下級の中でも、ラディッツクラスは星送りが決められたコースのはずであったのに、それを奪われてしまったことで、「免れた子供たち」の進むべきコースはどこにも無くなってしまたった。ラディッツたちより下のクラスにさえ、与えられたコースがあるというのに。
仮にということで、中級最下のコースに振り分けられはしたが、そこでは本来の中級最下の連中に追い出されてしまった。両親は在宅中はかまってはくれるが、それは非常に気まぐれであるし、戦闘となれば子供のことなどあっさり忘れて何ヶ月も帰ってこない。
どこにも確固たる居場所のない、サイヤ人組織からはじき出されてしまったかのような、身の置き所のない存在、それが「免れた子供たち」だった。

複数の人間が近づいてくる気配がした。バーダックの言った「トウキョク」の連中らしい。三人の男がラディッツの後ろを通り過ぎて、ラディッツには開けられなかった扉を通り抜けて部屋に入っていった。三人はラディッツのことなど少しも気にする風もなく、赤ん坊と手にした書類に交互に目を走らせながら、何かを確認しているようだった。

男たちがちょうどカカロットと思われる赤ん坊のところに来たときに、ガラス越しにラディッツは声をかけた。

「おじさん、それがバーダックの子かい?」

一人がチラリとラディッツに視線を送って、すぐに書類に目を落としたが、そうだと言った。

「お前もバーダックの子だな。弟は・・・随分辺境に送られる。地球という星だ」

聞きもしないことまで教えてくれた。
ごく少数ではあるが、戦闘員ではないサイヤ人も存在する。生まれたときに最下級に振り分けられた者たちで、彼らはほとんど星から出ることなく、内勤の仕事を担うことになる。戦闘経験は皆無であるから大人になっても戦闘力はさして上がりはしない。今ラディッツの目の前にいるのはその最下級の三人で、おそらく子供のラディッツとさえ、それほど戦闘力の差はないのだろう。もしかしたら下ということもある。そのせいかはわからないが、案外気安くなんでも応対してくれる。

「チキュウ・・・」

ラディッツは、保育器の中でスヤスヤと眠るカカロットをじっと見つめながらつぶやいた。特に何か感じたわけではなく、ただ、おかしな名前の星だ、くらいのことを考えていただけである。弟とはもう会えないかもしれない、とか、生きて帰ってきて欲しい、とか、そんなことは思いもしなかった。ラディッツはサイヤ人だったし、まだ五歳だった。母親が「会えるといい」と言ったときは、自分もそうなればいいとは思ったが、あまり実感は無かった。

書類との照合が終わったらしく、三人の大人が赤ん坊を連れ出す準備を始めるのを確認すると、ラディツは床に降り立って、その場を離れた。建物の外に出たときは、もうカカロットのことも、チキュウという星の名前も、頭の隅に追いやられていた。地を蹴って、仲間のたまり場である廃墟へと向けて飛び立つ。
あと一週間もすると、スカウターを受け取り、ラディツは戦場へ向かうことになる。最初は大人にこき使われるだけだと聞く。一人前になるまでしょうがないことだが、できれば噂で聞いたことのある、変態趣味のヤツの下だけでは働きたくなかった。そういうのは中級戦士に多いらしい。下級戦士の群れの中に混ざるのもいやだった。

「バーダックがいる間に、どっかの上級戦士に使ってもらえるように口きいてもらえないかな」

子供のくせに如才無いことを思いつくと、父親のいそうな場所のある方角へ進路を修正した。

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