家なき子となった生き残りサイヤ人たちの事 6

フリーザとの会見の後、サイヤ人主従にあてがわれたのは、最初にベジータとナッパが出会ったあの部屋だった。そこは宇宙船の下から三層目にあり、メディカル・ルームや装備室等の他、主にフリーザや上級戦士の私室がおかれている層で、二層目にある大部屋に並べられたカプセルベッドのみがプライベート・スペースという、一般戦闘員とは明らかに扱いは違うものだった。
もちろんサイヤ人がそんなことに感激するわけもない。フリーザ軍の一般戦闘員にしろ、上級戦士にしろ、彼らが軍務以外にどのような生活をしているかなどサイヤ人は興味はなかったし、自分らのことについても、戦闘以外の日常の待遇などについては、食事に関すること意外はあまり頓着しなかった。ただ、もし一般戦闘員の大部屋に彼らが押し込められるようなことがあれば、彼らと他種族との間に軋轢が生じることは間違いなく、死人を伴うあらゆるトラブルが発生することは、火を見るよりも明らかに思われた。それを見越しての部屋割りであったろうし、彼らの能力が一般戦闘員とは一線を画していたのも事実だった。

食事はそうしようと思えば部屋でとることもできたが、サイヤ人は階下の第二層目にある食堂でとることにしていた。サイヤ人の食事風景は、他の食堂利用者や、食堂で立ち働く非戦闘員が何度見ても見慣れることのないほどにすさまじいものだった。

だが実は、食事中のサイヤ人ほど寛大で安全な存在はないのである。食べているときは他人がいくら無礼な口を利いたとしても気にも留めないし、近寄って馴れ馴れしく肩に手をかけたとしても、そんなものを振り払うよりも目の前の食料に手を伸ばす方が重要だから、やりたいようにやらせておく。
もちろんある程度までではあるが。
しかし、彼らを取り巻く宇宙中から寄せ集められた雑駁な連中は、当然そんなことは知る由もない。知っていたとしても試す気にはならなかっただろう。うっかり自分まで食われてしまうことのないように、だが好奇心から、遠巻きに見守るだけだった。

それでもサイヤ人は、危険を察知するアンテナだけは、無意識に張り巡らせてはいる。
ベジータは、ソレが部屋の中に進入したことにすぐ気づいたし、ナッパも気づいていることを知っていた。ソレはサイヤ人のテーブルに向かってあからさまな害意を放っていた。スカウターの示す戦闘力は、ベジータやナッパからすれば取るに足らない数値だったが、食堂内に感知できる他のどれよりも高かった。

自分たちを取り巻く多種多様な生き物たちの影から、ソレがいきなりこちらへ向かって跳躍したことも、ベジータは目の端に捕らえていたが、食事を中断することはしなかった。
ソレが描く跳躍の軌跡の到達点は、自分のいる位置よりも幾分ずれて、あきらかにナッパの方へ向かっていることがわかっていたからである。だが、どういうつもりなのか、ナッパの方もソレに対して何か対策をとるような、いかなる行動もおこすことはなかった。

突然周囲から悲鳴があがった。ベジータの目の前で骨付き肉にかぶりついてたナッパの、毛一本守るものとてない無防備な頭に、小さな生き物が張り付いて歯をたてたからである。ベジータは、汁気の多い血のように赤くて甘いサクロウの果実を咀嚼しながら、目を丸くして、目の前で起こっていることを傍観しているだけだった。

歯をたてられたとたん、ナッパは獣のような咆哮をあげながら、肉を片手に、もう片方に、たった今手にしたばかりの、丸くてプヨプヨとした、ナッパお気に入りの、どこかの星の海洋生物の脳みそをわしづかみにしたまま、両手を振り上げて立ち上がった。はずみでひっくりかえそうになったテーブルは、ベジータがすかさず押さえつけたので、卓上のものは何一つ床に落下することはなかった。
両手がふさがっているため、ナッパは頭上の狼藉者を振り落とすために、ただ頭を振り回すことしかできなかった。
ベジータは、食い物を放せよ馬鹿者め、とつぶやいたが、それは心の中でのことで、たとえ口に出したとしても、逆上しているナッパの耳には入らなかったに違いない。だから黙ったまま食事を終えると、脇に置かれたボトルの水を飲み干した。

攻防はほんの数分で終了した。あまりの騒がしさにウンザリしたベジータが、人差し指の先に作った小さなエネルギー弾を、親指で弾いてナッパの頭上の生き物にぶつけてやると、もんどりうって床に転げ落ちたからである。
ナッパはようやく両手の食べ物を放り出し、床に転がったソレの襟首を引っつかみ、自分の顔の高さにぶら下げた。

ベジータは思った。どうやら生き残ったサイヤ人は阿呆ばかりらしいと。放すべき時に、なんとしても食べ物を手放さなかった上級戦士と、その頭にかぶりつく下級戦士の子供である。
そう、ナッパの頭にかぶりついた小さな生き物は、サイヤ人の子供だった。
ナッパが敵の接近よりも食事を優先した理由は、サイヤ人仕様のスカウターを装着しているナッパには、敵の正体がわかっていたからなのだろう。ベジータのスカウターは、軟禁が解けたときにフリーザ軍から直接支給されたものだったので、下級戦士の肩に埋め込まれたタグを読み取ることが出来なかったのだ。

余談ではあるが、ベジータのスカウターは、渡されるときに最新型であると説明を受けた。
確かに、最初にフリーザ軍の宇宙船に乗り込んだ時に、スカウターを最新型に交換させてくれと言うので渡したのだったが、そんなことはどうせスカウターを取りあげるための口実だろうくらいしか思っていたなかったのに、どうやら律儀に「最新型」とやらを準備したらしい。
装着してちょっと操作しただけでは、どの辺がどう最新なのかわからなかったので訊いてみると、色だという答えが返ってきた。ボディに使われている白が、これまでよりも光彩が美しいらしい。ベジータからもう一度スカウターを取り上げて、光の当たる角度を変えながら一生懸命説明する装備部の兵士に、ベジータは一発食らわさずにはいられなかった。

「このクソガキっ!免れっ子の恩知らずの借金取りのガキめっ!な、なんてことしやがる!!」

「恩なんざねえし借金取りとはどういうこった!オレの親父に借金つくったのは何処の誰だよ!免れっ子のクソガキ上等!ハゲよりましだ!!」

「ハゲとはなんだ、ハゲとはっ!!確かにオレさまはハゲだが、そんなことは全っ然っっ気にしちゃいねえんだよ!!」

「気にしちゃいねえわりには随分と怒っちゃってるじゃねえか。プルプルしてんぞ〜悔しいんだろう〜なら泣けよ!泣け!泣けったらっ!!あんたを泣かすためにオレはあのバケモンの星から帰ってきたんだからよ!」

泣くかボケ〜〜と、ぶら下げている子供を床だか壁だかにたたきつけるつもりで腕を振り上げたとき、ナッパの後頭部になにかがぶつかった。コロリと床に転がったのは、子供の上腕骨ほどの骨だった。ナッパはようやく思い出したように、バツが悪そうにベジータを見た。

「ソレは何だ?知り合いか?」

ベジータは、ナッパがぶら下げているサイヤ人の子供を指差しながら言った。
年恰好はベジータと同じくらいだった。戦闘服はボロボロで、治りかけてはいたが、体中生傷だらけだった。スカウターもない。相手の戦闘力が読めないこともあり、子供はベジータの「ソレ」呼ばわりに気分を害したようだが、上級戦士のはずのナッパにさえ偉そうにしている相手を計りかね、どういう態度に出るべきか迷っているらしいことが見て取れた。

「ラディッツでさ。下級戦士の免れっ子で、オレが最後に攻めていた星に置いてけぼりにしてきたんで、オレを恨んでやがるんでさ。それにしたってまさか噛み付いてくるとは思わなかったんで・・・」

不満そうに言うナッパの顔は、頭から流れる血で汚れていた。禿頭にクッキリと、子供、ラディッツの歯型が残っており、傷はかなり深かそうだった。

「・・・何かおかしいすか?」

緩みかけた頬を引き締めて、いや、何もおかしいことはないと言って、ベジータは無理に難しい顔をつくる。取り繕うように周囲に視線をめぐらすと、先ほどまで賑わっていたのに、食堂の中は自分たち三人と、厳ついだけで大したことのない、ひげもじゃの兵士ひとりが、少し離れた場所で硬直した様子でこちらを凝視しているだけだった。

「どうした?」

ベジータが声をかけると、はひ、と、気の抜けたようなおかしな返事をして、さっと何かを差し出した。スカウターだった。

「ま、丸型ポッドを発見して回収したところ、サイヤ人の子供が乗っておりましたので、こちらにお連れしましたが・・・あの、よろしかったでしょうか・・・?」

自分が連れてきたサイヤ人の子供のあんまりな所業に、連れてきた者はすっかり肝を冷やしてしまったらしい。サイヤ人の王子はフンと鼻を鳴らしただけで、特になにも返事はしなかったが、どうやら自分にお咎めはないようだと判断して言葉を続けた。

「スカウターは回収された時にはすでに持っていなかったようなので、お二人に引き渡した後に支給するように指示されておりますが・・・」

「ナッパ、放してやれ」

ナッパが不承不承といった様子でラディッツを放り投げる。ラディッツは振り向いてナッパをもう一度にらみつけたが、ナッパの頭の傷を見て幾分気が晴れたようで、スカウターを受け取るために背を向けた。
スカウターを装着してスイッチを入れると、ラディッツは改めてナッパと、自分の知らないもう一人のサイヤ人の子供の戦闘力を確認する。
ベジータの数値に思わずラディッツの口から賛嘆の声が漏れる。ベジータは、ラディッツのあからさまな賞賛の眼差しに、得意げに鼻を鳴らした。

「ベジータ王子だ」

ナッパがベジータの正体を告げると、ラディッツは、さもありなんといった風にうなずく。自分と同じような子供で、この数値は異常としか思えなかったが、王子となれば当然なのだろうと、子供らしいあまり根拠のない納得のしかたをした。

「王国はもうないがな」

ベジータが子供らしくない皮肉を言う。

「王国がなくなった?それじゃあ惑星ベジータがなくなったってのは、もしかして本当か?」

その通りだと、ベジータとナッパは、彼らなりに神妙な顔つきで肯定する。

「じゃあ、じゃあ、・・・オレの親父とお袋さんも、死んじまったのか?」

ラディッツが泣きそうな顔でそんなことを言うので、ベジータはなんとなく違和感を感じた。この新参の子供にとって、真っ先に頭に浮かび、しかも涙ぐむほどのことが、親の生死なのだろうか、と。それを察し、ナッパはにべもない言い方で決め付けた。

「こいつは免れっ子で、親元で育ったんでちょっと変わってんでさ」

「免れた子供たち」とは、自分と同じ年に生まれた子供の中で、星送りになるはずだったのにならなかった者たちのこと、ということは知っていた。だからと言って、このラディッツという子供が涙ぐむ理由の説明になるのかならないのか、よくわからなかったが、ああなるほど、とあいまいな返事をしておいた。

ラディッツが涙目で、ベジータの顔をジッと見つめている。何だ?という顔で、ベジータの方もラディッツから視線をそらさないでいると、おもむろに近づいてきたラディッツに、ペロリと口元をなめられた。
あまりのことに、さすがに驚きを隠せないベジータと、免れっ子だから、の一言で、またもや片付けてしまうナッパ。

「免れっ子は人の口を舐めても当然なのか?」

ベジータは眉間に皺を寄せ、今度こそ納得いかないといった顔で、ナッパにとも、ラディッツにともなく言った。

「赤いのがついてた。オレのせいで王子にオッサンの汚い血が飛んだのかと思ったけど、サクロウの汁だったな。オレにもなんか食わせてくれよ」

ラディツはこともなげにそう言うと、さっきまでのベジータとナッパの食卓について、泣きながらテーブルに残ったものを口に運びはじめた。
鼻から流れる鼻水といっしょに食べ物を口に入れるラディッツの姿(しかも尻尾をパタパタさせている!?)に、ベジータは、阿呆しか残らないのは、もしかしてフリーザの陰謀ではないかと疑うのだった。

こうして、この先二十年以上を共に戦い続けることになる三人が合流した。

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