はじめて空を見上げたことと、その前後の出来事 2

「それで?何故あの星は炭になってしまったのです?」

気に入らなかったから・・・とは、ベジータは言わなかった。さすがにお粗末過ぎるような気がしたからだ。自分でも、こらえ性のないガキのやり口だと思う。実際ガキなのだが。
かといって、その場しのぎの返事を用意して、適当にごまかす性分でもなかったので、ベジータはだんまりを決め込むことにした。視線はまっすぐに、目の前の化け物から逸らさないまま。
気味の悪い、張り付いたような微笑を口元に浮かべたまま、フリーザは太い尻尾をわずかにしならせたかと思うと、一瞬でその切っ先をベジータの心臓のわずか数ミリの位置にピタリと止めた。

その尻尾の動きを完全に見切ることは出来なかった。それでもフリーザにしてみれば、ゆるりとやったに過ぎない。フリーザはまさに化け物である。その圧倒的な力の差が、ただ対峙するだけでひしひしと伝わってくる。正直、震え上がりそうになる自分を苦々しく思いながら、ベジータは言った。

「・・・炭になったのは表面だけです・・・フリーザ様」

声が震えていなかったことがせめてもの救いだった。最後の「フリーザ様」のところが、もっと皮肉っぽく言えていればなおよかったのだが。
瞬間、バシリと音がして、ベジータの体は激しく床にたたきつけられた。
衝撃に一瞬意識が途切れるが、すぐにフリーザのあのいやな笑い声が耳に入ってきた。だがどうやら体は動きそうにない。フリーザのあの忌々しい尻尾が、左肩から袈裟懸けにしたたか打ち込まれたらしいが、全く動きは見えなかった。

「ほんとうに生意気な小猿さんですね。まあいいでしょう。正直言えば、私はそういうあなたが可愛らしくてしょうがないのですよ。それにあなた方サイヤ人は特別ですからね。これ以上追求するのはよしましょう。ただ、あまりお痛が過ぎると、そのつもりがなくてもうっかり殺してしまうかも知れませんよ。しかし、いいですか?それは私の本意ではありません」

ベジータは遠のきそうになる意識を強引に繋ぎとめ、ようやく焦点が合った瞳で視線だけを動かすが、フリーザの気味の悪い三本指の足先が見えるだけだった。
踵を返すその動きで、フリーザが背を向けたことがかろうじてわかるだけだった。

「話は以上です。ベジータさんはお引取りくださって結構です。ザーボンさん、手を貸してさしあげなさい」

近くに控えていたザーボンは、うつ伏せに倒れた少年の細い腰に片腕を回し、ぞんざいに持ち上げると、小脇に抱えたまま、フリーザの背に一礼して部屋を退出した。

* * *

ヒューマノイド型の種族から見ると、逞しいが無駄な筋肉のない、バランスのとれたしなやかなトルソ、長い手足、氷のように冴え冴えとした美しい顔、外見は完璧に近い美を備えたザーボンは、フリーザ軍の中でも上位の戦闘力を誇り、ドドリアと共に、常にフリーザの傍に仕える側近中の側近である。
その逞しい体に抱えられた、まだ肉体的に成熟しきれていない、傷ついたサイヤ人の王子の姿は、王子の正体を知らぬ者が見れば実に痛々しいものだったかも知れない。しかしあいにく、このフリーザ軍の基地内には、他人に対する哀れみや同情といった感情を持ち合わせるものはほとんどいなかったし、サイヤ人の王子の本性は周知の事実だったので、力の無いものは恐怖に顔を背け、自らの戦闘力に自信のある者、あるいは過信するものは、嘲りか好奇の視線を向けるだけだった。

ザーボンは、通路を行き交う雑兵にベジータの体を預けることなく、自らがメディカル・ルームまで運んでいくつもりで靴音を響かせていた。彼はもう随分と以前から、サイヤ人の小さな王子に興味を抱いていたが、これまで一対一で、身近に接する機会は一度も無かった。

ザーボンは種族の突然変異として、同胞を遥かに凌駕する戦闘力を持って生れてきた。種族の戦闘力もある程度高かったが、例えば戦闘を売りにするサイヤ人と比べれば、力量はまったくかなうものではなかっただろう。だが、ザーボンの星は、彼がフリーザ軍に身を投じる時に、彼自身が破壊してしまったし、惑星ベジータも10年前、フリーザの手によって今は宇宙の塵となってしまったのだから、サンプルはたったの一人と三人でああり、いまさら比べようもないことだ。
フリーザのもう一人の側近のドドリアにしても、ギニューやジースといったさらに戦闘力の上の連中にしても、フリーザ軍の精鋭達の出身種族は、せいぜいザーボンの種族と似たり寄ったりの戦闘力しかなかっただろうが、やはりザーボンと同様に、故意か偶然か、突然変異で生れた連中ばかりで、平常で種族全体が強力な戦闘員であるとういう特殊な文化を持つサイヤ人とは、その強さの出所は全く違うものだった。

だがそんなことはどうでもいいのだ。あきらかにいまあるサイヤ人よりザーボンのほうが、あるいはドドリアやギニューらの方が、はるかに強力である、ということだけが動かし難い事実だった。
ただ、フリーザの傍らでうかがい知る生き残りのサイヤ人三人の、貪欲なまでの力と勝利への執着と、常に上昇し続ける戦闘力、時にその力以上の成果をもたらす実戦のセンスに、長い歴史をかけて、綿々と受け継がれてきた戦闘民族の遺伝子の底知れなさを感じることはあった。それは三人のうち、一番実力の劣るラディッツさえ例外ではなかった。

腕の中に抵抗を感じて視線を落すと、さっきまでダラリと脱力していた小猿が、拘束から逃れるべく、体をよじる様子が目に入った。立てるなら自分で歩け、とばかりに放るように細い体を解放する。
結構なダメージを受けているはずなのに、危なげも無く着地すると、小猿はシュルリと尻尾を腰に巻きつけながら、ザーボンを振り返った。一連の動作は不思議なほど優美で、幾分青ざめたのそ顔色とともに、その様子は、美を愛するザーボンの目には好ましく映った。 うつむき加減にフリーザを睨み上げる視線も、幾分顎を突き出しながら、あたかもザーボンを値踏みするような視線も、これほどまでに力の差のある者に対して投げかけるべきものではないはずだった。しかし、この誇り高きサイヤ人の王子には、その様子がいかにもしっくりしており、いちいちそれを咎めだてするほうが無粋であるような気持ちにさせた。

「ここでいい。俺は一人で帰れる」

まるで対等な口をきく。ガキのくせに。いや、ガキだからなのか。だが同じガキでもこれがキュイあたりであれば、床にたたきつけていたところだろう。

「帰る?メディカル・ルームはこっちだ」

すぐ右に伸びる通路を指差しながら、踵を返して真っ直ぐ立ち去ろうとするベジータの背中に声をかける。

「フリーザ様は手加減をされた。メディカル・ルームなぞ行くほどの傷はない」

ベジータをもう少し観察するか、できれば言葉を交わしてみたいと考えていたが、一人でさっさと歩いていく彼を、わざわざ引き止めるような理由も意味もザーボンにはなかった。

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