― 異星人を撃墜した
その報告に、通信機の周辺にどよめきが起こった。
戦闘服に身を包んだいかつい男達は、キカットの、最後の生き残りの戦士たちで、ここにいないものを含めると、わずか42名が、今なお、襲撃者の探索にあたっていた。彼ら以外はすでに死んだか、戦闘不能の状態にあるか、逃亡を含めた行方不明者だった。
その日、偵察に出たのは12名だった。あくまでも偵察であり、ターゲットを発見したら、絶対に攻撃をしかけず、相手の射程圏内に入らないように、距離を置いて様子をうかがうこと。直ちに本部に連絡し、支持を仰ぐこと。そのように厳命されていたはずだった。
11名の指揮をとっていたのは、すでに死んだものを含めた精鋭のなかでも、最高の戦闘力を持ち、最も人望の厚いミロという壮年の男だった。身長190pの、逞しいが柔軟な肉体を持つ、心身ともに成熟した、今を盛りの戦士である。ミロは初期の段階から戦闘に加わっていたのだが、毎回、致命傷を負うことなく、帰還を果たしていた。しかし、それは決して彼が運がよかったとか、他のものより戦闘において優れていたからといった理由からではないことを、ミロ自身がよく知っていた。
― あいつはわざと見逃したのだ
ミロは、自分に止めをさすチャンスに、あえて攻撃を仕掛けず、残酷な笑みを浮かべ、クルリと踵を返した小柄な姿をいまいましく思い出した。
ミロはキカット人の戦闘力の限界を超えていた。それでももちろんサイヤ人であるベジータにおよぶべくもないが、他にくらべれば、まあまあ楽しませてくれそうな奴だ、と、ベジータに思わせるくらいには、戦いのセンスにも優れていた。
そのミロが、ここ最近の敵の動きに、キレがなくなってきたのを感じていた。それでもその強さは圧倒的で、キカット人ごときでは、例えミロであっても付け入るスキはなかった。だが、日に日に敵の不調は明らかになり、時には集中力を欠いた攻撃が的を外すこともあったし、やけくそ気味に気砲を乱発する場面も見られた。
少し前から確実に止めをさすよう方針を変えていたにもかかわらず、近頃ではまた、幾人かをとり逃すようになっていた。しかしそれは、わざと逃がすというよりも、意に反して仕留め損なっているのでは、と、思わせるところがあった。疲れているのかもしれない。回復する様子もない。次がチャンスだと、ミロは心に決めていた。だから、ターゲット発見の報告を受けたとき、命令に反し、攻撃を決意した。
体の異変が特に顕著になってきた頃から、ベジータは、遊びを切り上げ、確実に仕留めることにしたのだが、そのつもりで攻撃しても、どうしても獲物を逃してしまう確立が日に日に高くなってきていた。
― いったいどうしたわけだ
口元をゆがめて、ギリギリと歯をかみ締める。
体が重い。集中力を欠き、時には、キカット人の情けない攻撃をかわしながら、一瞬とはいえ、意識が飛ぶことがあった。もしそのスキをつかれて、例えば「あいつ」の渾身の気砲をくらえば、いくら自分でも、少なからずダメージを受けるだろうと感じていた。
不調の原因は、多分、いや絶対に、フリーザから受けた肩の傷に違いないのだ。現にその傷は、これまで彼が受けてきた、大小問わないあらゆる傷と、まったく様子が違っており、体の変調は、その傷を受けた後から出たものなのだから。
― フリーザめ、傷に何か植えつけやがった・・・
明らかに本調子でない自分に気付きながら、それでもベジータは、血を求め、空を駆け、キカット人の性能の良くない、不恰好なヘルメットタイプのスカウターに自分の位置を見つけさせるよう、仕向けるのだった。むしろ、自身の危機を楽しんでいる節がなくもなかった。このくらいのハンデがなければ面白くないとも、思っていたかも知れない。
戦い以外にベジータには何もなかった。まだたった15年の人生だったが、彼は戦うためだけに生きていた。生きるために戦いを放棄するなど思いもおよばないことだった。傷つき、死にかけながら、それでもしぶとく生にしがみつくのは、再び戦うためだった。疲れて戦場を離れ、休息をとるのは、次の戦いに備えるためだった。休息をとっても体が回復しないなら、休息をとる意味などなかった。ならば戦うしかないではないか。
7日間ぼんやりと過ごした後、再び血を求めて動き始めたベジータのスカウターが、12個の戦闘力の接近を知らせた。うちひとつは例の奴に間違いなかった。楽しみは最後まで、の気分で、あえて殺さずにおいた男だ。
ミロは、異星人と部下達の戦闘から、十分に距離をとって、その様子を、緊張しながら見守っていた。一度チャンスを逃せば、再びはないだろう。こちらからの攻撃は、相手からの攻撃を促してしまうのだから、失敗すれば自分は即座に殺されてしまうはずである。
戦闘といっても、味方の攻撃は一向に相手にダメージを与えないまま、すでに5人は木っ端微塵にされていた。それでもなお残った6人が必死に体を動かしながら、どうにかこうにか善戦しているからには、やはり敵の体の不調は確実に違いない。集中力が鈍り、目の前のことに気を取られている。その証拠に敵は今、ミロの存在に全く注意を払っていなかった。そしてその瞬間は突然やってきた。それはほとんどコンマ何秒といった極めて短い瞬間でしかなかったが、その一瞬のスキをついて、ミロの気砲が放たれた。
気砲は異星人に直撃したように見えた。小さな体は砕け散ることはなかったが、確実にダメージを受けた様子で、そのまま真っ逆さまに落下して、地上に広がる樹海へと飲み込まれていった。姿を見失う前に、キカット人は彼の体を捕獲するべきだったかも知れないが、ミロでさえ、ただ呆然と見守るばかりだった。なぜなら、彼らはその時はじめて、自分達が戦っていた相手の正体を知ったのだ。落ちていく少年の、腰に巻かれた毛皮のベルトは、彼自身の尻尾だったのだ。