満月は今夜だった。生き残ったキカットの戦闘員達は焦っていた。彼らを滅亡の一歩手前まで追い込んだ異星人の正体は、あの悪名高いサイヤ人だったのだ。
キカットは資源の豊富な星であったが、それらの資源の鉱脈の発見はここ百年弱の間のことであり、軌道に乗り始めた、長距離を航行するほどの宇宙船を持つ高度な文明との交易で、近頃ようやく発展を遂げつつあったが、それはいまだ途上であった。
銀河間で起こる事件は噂でしか伝わってこなかったが、それでもサイヤ人の凶暴で残虐な所行は十分過ぎるほど耳に入ってきていた。いくつもの星が彼らの手にかかって滅ぼされたと、キカットに立ち寄る他の銀河からの旅人や、資源を買い付けにくる先進諸星から訪れた者たちから聞かされた。
もう何十年も前には、実際襲撃を受けて命からがら逃れてきたという避難船が立ち寄ったこともあった。彼らの話によれば、ただでさえ強大な力を持つサイヤ人は、満月の光を浴びてさらに恐ろしいパワーを発揮するのだということだった。
一見おとなしそうなヒューマノイドタイプの種族であるが、つりあがった目は爛々と輝き、歯をむいて恐ろしい咆哮をあげながら星ごと削る勢いで先住の生物を一掃してしまう。外見上の一番の特徴は長い獣の尻尾だった。
そして、ミロはあることに思い至っていた。サイヤ人襲来より少し前から、諸異星の交易宇宙船の来航が途絶えていたのである。それは軍部の管轄ではなかったし、例え情報が流れてきていたとしても、そういったものをミロは知りえる立場ではなかった。今や王を頂点ととする、キカットの行政機能は完全に消滅してしまったので想像することしか出来ないが、もしかしたら、キカットがサイヤ人に狙われていることは近辺の銀河では知れ渡っていたのかも知れない。その証拠に、王都消滅後の混乱の中、交流のある星と、近くを航行している宇宙船にsosを発信し続けているというのに、何の音沙汰もないのである。キカットは孤立無援の状態で、滅亡への道を押し流されているようだった。
「しかし、サイヤ人の星は消滅したという噂もありますが・・・それに、例えあれがサイヤ人だったとしも、あなたの攻撃をまともに食らって果たして無事でいられるでしょうか?」
部下の言葉にミロは顔を曇らせる。
あれがサイヤ人でなかったとしても、その力が恐るべきものであることに違いはない。サイヤ人であろうがなかろうが、とにかく奴は生きて姿をくらませ、もう二週間もその行方は知れないのだ。無事でいられないどころか、自分達はいたずらに異星人の体力回復のための時間を稼がせているのだ。
「墜落地点と思われるのはここだが、死体が見つからない以上、希望的観測は慎むべきだ」
腐った落ち葉が積もった柔らかい地面の上には、大きな衝撃を受けて窪んだ後があったが、そこには死体も、周囲に足跡さえも残っていなかった。上を見上げれば、ちょうど穴でも空けたかのような範囲で、丈高い樹木の広げる枝が、途中途中、折れてぶら下がっている様子が、上空からの落下物があったことを告げていた。
キカットのスカウターでは広範囲をカバーできないばかりか、樹海は磁場が不安定な上様々な生物が生息している。もしサイヤ人の戦闘力が極端に消耗しているとすれば、スカウターに頼っての捜索はほとんどあきらめるしかなかった。
実を言えば、ベジータは確かにこの場所に落下してしたたか体を打ちつけたのだが、その後驚異的な精神力が手伝って、ほとんど無意識のうちにこの場所を離れ、気を失ったのはかなり離れた場所だった。
「こうなると、一年前、国王自ら追放された巫女姫の予言は・・・あれはこのことを言っていたのでは・・・」
ミロは、「巫女姫」という言葉に、ピクリと肩眉を上げて反応した。哀れな女のことが思い出される。ミロは女とその一族の末路に同情した、一部の人間たちの一人だった。
「・・・そうか、あの方の不思議な力を持ってすれば、サイヤ人の居場所もわかったかも知れんな・・・」
ちょうどその時、サイヤ人のスカウターが発見されたという連絡が入った。
サイヤ人のスカウターは、樹海の磁場などものともせず、キカットのスカウターではとてもカバー出来ないような距離を貫いて、過たず、巨大な数値を拾い上げた。それは「あの」サイヤ人の、来襲初期の万全の戦闘力をはるかにしのぐ驚異的な数値で、キカット人は新たな敵の存在の予感に戦慄した。
「絶望的だ・・・我々にはもうこんな化け物に抗う力など残っていない・・・いや、そんなものは最初から無かったのだ・・・このスカウターが壊れているなどという都合の良いことがない限り我々に明日はない・・・」
その上さらに追い討ちをかけることがおこった。ピピピ・・・と、スカウターが新たな警告音を発し、キカット人では絶対にありえない、大きな戦闘力を二つ拾い上げた。
二つの戦闘力は、スカウターに表示された距離によると、キカットの大気圏より彼方の宇宙にあるが、猛烈なスピードでこちらへ接近している最中だった。あと3分もすれば、大気圏を抜けて地上へ到達する。
もう何も打つ手はなかった。ただ黙って滅ばされるのを待つか、かなわぬまでも抵抗して滅ぼされるか、生き残る道は万に一つもないだろう。
はるか上空をにらみすえ、青ざめて震えるミロの姿にただ事ではない気配を察し、その場にいた戦闘員達もまた、不安に身をおののかせた。
戦闘は突然の襲撃によって始まった。
スカウターを紛失してしまっていたベジータは、慎重な敵の接近に、襲撃の瞬間まで気付かなかった。だが、そんなことは大してベジータを驚かせることはなかった。死の淵から戻ってきたベジータは以前に増して大きなパワーを手に入れていたから、今更キカットの戦士が何人かかってこようと、それが1人でも100人でも同じことだった。
ただ、あまりに突然過ぎて、瞬間他のことに気が回らなかったのは確かだった。ベジータがかわした最初の気砲は、その向こう側にいた女を直撃した。ベジータは女が吹き飛ばされるのを目の端に捕らえたが、もう次の瞬間には、彼の意識の全ては目の前に現れた敵へと向けられていた。
復活した途端の祭りである。
敵を目の前にして感じる凶暴な血のたぎりに、身の内から溢れ出る圧倒的なパワーに、ベジータは興奮が抑えられずに大声で笑い出した。そのばか笑いのまま、気砲でいっぺんに片付けることはせず、ご丁寧にひとりひとり、直接手でなぎ払っていってやった。
キカット人たちにとっては悪夢だった。
どうせ滅びるにしてもただではすませないつもりで、とてつもない戦闘力を目指してたどり着いたところには、すでに馴染みになっていた、あの子どものようなサイヤ人の姿があった。彼らの同胞のうちでも最強の戦士から受けたはずのダメージから完全に復活して、更なる強大な力を振るい、笑い狂いながら全身を血みどろにして次々と仲間を血祭りにあげていく姿はまさに悪鬼と見えた。
横様の手刀で胴を真っ二つにして内臓を撒き散らし、頭部に蹴りを入れて脳みそをぶちまける。うっかり接近しすぎた獲物の腰をとらえてさば折に背骨を砕いたかと思うと、背後から組み付いたのを一瞬で蒸発させる。その中には先にベジータに結構なダメージを食らわせたミロの姿もあったが、彼さえもまともな戦闘など出来ないまま肉塊となり果ててしまい、現場はさながら阿鼻叫喚の様相を呈した。
そして幕は呆気なく閉じてしまったのだった。