はじめて空を見上げたことと、その前後の出来事 9

その祭りは、ほんの数分で終わった。
キカットの戦士は全滅した。ほとんど原型を留めない三十数個分の肉片が散らばる森の中の、そこだけ開けた血溜りの原っぱの上に立っているのは、キカット人の赤い血を全身に被ったベジータだけだった。
準備運動にもならないつまらない戦闘だったが、ほんの少し体を動かしたことで自覚した、自分のかつてないほどのパワーアップにベジータは満足を覚えていた。
キカット人の血はサイヤ人と同じ色をしていた。くすんだ赤紫の皮膚は、血を透かした色であろうから、本来はもう少し青みを帯びているに違いない。キカットに降り立ってから一度も交換していなかった、今ではいっそ赤く染め上げたようなグローブを見つめながら、ベジータの意識は自分の中にみなぎるパワーの流れを追っていた。

「おい笑うなよ、怖えぇよ!ちびっちまいそうだぜ」

聞き慣れた声に視線を動かすと、数メートル先にナッパとラディッツが立っていた。ベジータは自分が知らず知らず、口元に笑みを浮かべていたことに気がついた。肉片の浮かぶ血の海の中で、全身を朱に染めた姿で・・・

「下品な奴だな、出すときはちゃんと見えないところでやれ」

ベジータは嫌そうに口をゆがめながら、ラディッツに言い返した。

「だいたいなんでお前らがこんなところにいるんだ」

「いやな、ベジータ、お前が手こずってたらいけねぇと思ってよ、こうして手伝いにきたんだが、案の定まだ終わってなかったんだな。ここまで来る間にまだ人間の残っていた町はオレたちがひとつずつ潰して来たぜ。お前、細かい仕事はめんどくさがって荒っぽく片付けてしまうことがあるからな」

ナッパが調子のよいことを言うが、結局この二人は自分の分のオモチャを早々に再起不能にしてしまったので、まだ遊べそうなとところまで図々しくやって来たに過ぎない。だいたい荒っぽくて考えなしですぐにカッカする単細胞は、ベジータよりもむしろナッパの方だった。

「このハゲのおっさんは到着して3日で仕事をやっつけちまったんだ。そうとう荒っぽくやったに違いないぜ。そのまんまオレの所にやって来てよ、ああせえこうせえといちいち指図するんだ」

「なんだと、ラディッツ!お前なんかオレが行くまで何から手をつけりゃいいのか全然わかってなかっただろうが」

「違う!オレはあえて何もやってなかったんだ!オレは極限まで自分を抑制したその向こうを見たかったんだ!殺したい欲望を抑えて抑えて、抑えきれなくなって、ばあぁぁぁ・・・と開放したその向こうに、なんていうか、この上ない極上の何かが見つけられそうな気がしたんだよ・・・だからわざわざせっかちなエリートさんらと離れたのによ・・・くそ」

「何がこの上ない極上の何かだ、あんなクソみたいな戦闘力の奴ら相手にそんなもんが見つけられるか!オレが行くまで結構時間はあったはずなのによ、結局つまんね〜つまんね〜言いながら、つまんねえまま終わらせちまったじゃねえか。だいたいお前はオレが着いたときはぐうたら寝腐っていただろうが」

確かにその通りだったので、ラディッツはその話はそこで打ち切ることにした。ベジータの方へ目をやると、彼はもう二人の話など興味もないといった様子で、死体の間を歩き回っていた。そのうちの一体を足で転がして身をかがめ、何かを拾い上げる。それはベジータのスカウターだった。

「それよりベジータ、あんたの戦闘力はしばらく会わない間に恐ろしく上がったようだが、いったい何があったんだ?」

ラディッツは、ベジータの戦闘力がスカウターの射程圏内に入った時から気になっていたことを口にした。ナッパもラディッツの問いに反応してベジータの方へ顔を向ける。だがベジータは鼻を鳴らしてニヤリと笑うだけで、わざわざ質問に答えることはしなかった。血塗れた姿では、いつものその笑いもなお一層の迫力に満ち、ナッパもラディッツも、思わずグッと言葉を飲み込んでしまった。それでも二人は肩をすくめるとすぐさま気を取り直し、自分だけ楽しんでいたに違いないと、ベジータに直接にではないがぶつぶつと不平を言うのだった。

ベジータはスカウターを振って血しぶきを飛ばし、左目に装着してスイッチを入れ、グルリと周囲を見回す。ナッパの言う通り、キカット人らしき反応はもうひとつも拾えなかった。取りこぼしがあったとしても、後はフリーザ軍の清掃部隊が始末するするだろう。ならばもうこの星には用はなかった。

「おい、もうすぐ月が昇る、わざわざ醜いサルに変身する必要はない、さっさと引き上げるぞ」

遠隔操作のスイッチを入れてそれぞれのポッドを呼び寄せる。ポッドを待つ間、ラディッツは、ベジータがキカット人の死体の転がる血溜り中の一点を、じっと見つめていることに気付いた。ベジータの視線の先を見ると、そこには、くすんだ赤紫色の、明らかに戦士のものとは思えないか細い腕が、肘の辺りからちぎれて血に浸っていた。

「おい、どうした?」

「・・・いや、なんでもない」

その言葉の通り、ベジータの表情には特に変わったこともなかった。そこへほとんど同時にポッドが到着したので、三人はそれぞれのポッドに乗り込み、青みを増してきたキカットの夕暮れ時の空を抜け、惑星フリーザNo.9へと帰還した。

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