はじめて空を見上げたことと、その前後の出来事 4

「サイヤ人が出撃しました」

爪をヤスリで研ぎながら、フリーザはザーボンからの報告を受けた。

「どのくらいの兵を連れて行きましたか?」

「一兵も・・・サイヤ人は一人ずつ別の星に向かいました」

ザーボンの言葉に手を止めて、フリーザはふっ・・・と笑った。

「まったく、あの人達にはあきれますね」

その声には、言葉とは裏腹に、満足そうな響きがこもっていた。

「ところで、ベジータさんは、ちゃんと傷の治療は受けたのですか?」

「いえ、結局メディカル・ルームには顔を見せなかったようです。特に問題ない様子でしたから、ご心配にはおよばないでしょう」

「ザーボンさんは案外お人よしですね。心配?そんなものしやしませんよ。サイヤ人がタフなのは十分知っています。でも・・・ふふふ・・・あれはサイヤ人にはきくんでしょうかね・・・」

最後の方はほとんど独り言のようにつぶやいて、楽しげな笑みを浮かべるフリーザに、好奇と不審の目をむけながら、ザーボンはその場に静かに控えていた。

* * *

結局、惑星キカットの攻略を勝ち取ったのはベジータだった。
キカットの次に手ごたえのありそうなレオレにはラディッツが、三人が口をそろえて「クソだ」と断定したルッツにナッパが、という振り分けである。
ナッパは最後まで、ベジータが心配だから、などと空々しいことを言って、キカット同行を主張したが、却下された。

ポッドがキカットに到着すると同時に、ベジータは都市の破壊活動はじめた。ラディッツの言うような「社会勉強」など、なんのことやらさっぱり理解できなかった。
攻略後のこの星の使用目的は資源の採掘が主であるため、基地や研究所などの施設や都市は、遠慮なく攻撃することが出来る。ならば今度こそ、ナック星のように黒こげにしてしまったほうが手っ取り早いだろう。だが実は、ベジータがナック星を再起不能にしてしまったため、資源採掘終了後に、本来ナック星があてられるべきだった用途に、このキカットが使われることになった。ナック星の使用目的は、ベジータが知らされていたのは、いくつかの星の共同企画でつくる遊山場所だかなんだかの誘致という馬鹿らしいものだった。あまりの馬鹿らしさのためもあって、仕事があんなに雑になってしまったのだ、と、ベジータは今更ながら思うのだった。それでも、星ごとぶっ壊してしまった方が簡単なのを、わざわざパワーをコントロールして、表面だけを取り除いくだけに止めたのだが、あれではたしかにまずかったかもしれない。だがとにかくまどろっこしくて、イライラさせられる星だったのだ。今回のキカットは、森が深いという点で、ナックに似通っていたが、点在するキカット星人の居住区や施設は、ナックのそれとちがって一目瞭然だったので、ずっとやりやすそうではあった。それに時間は十分あるのだから。そのうちキカット側から始まるはずの反撃が、いくらか骨のあるものなら楽しめるのだが、と、考えていた。

ベジータの一発目の気砲が放たれてから、キカット星人の戦士がベジータの前に立ちはだかるまでにまでに、すでに三つの点在する主要都市が、地上から姿を消していた。
一つ目の都市を破壊してから、次の都市への移動があまりに早すぎて、ベジータに追いつけなったようである。
突然の王都消滅による混乱が、最初はシステムのエラーだと判断されたことも初動の遅れに繋がった。

データによると、キカットには王都であるキカットの他に、アエロ、フルルの二つの主要都市があり、この三つを破壊することで、星のライフラインのほとんどの機能が麻痺することになっていた。その三つの都市のあった場所に、ベジータは、到着後数時間で巨大なクレーターを作ったのだ。
後は、息せき切ってかけつけるであろうキカット戦士たちとの戦闘で、残りの数ヶ月を過ごすつもりである。

「最初に三つともぶっ飛ばしたのは失敗だったか?いや、軍事施設は街から離れた場所にあるはずだからかまわんのか」

ベジータは、キカットからの応戦を待つ間、腕組みしたまま、かつてフルルという街のあった上空から、地上の様子を観察していた。
大地に穿たれた巨大クレーターを、つまりフルルを、ゴツゴツとした岩山が取り囲むように無骨な稜線を描いており、さらにその外側を、まるでナック星のような深い樹海が取り囲んでいた。遠くに見えるのは海で、キカットには、今ベジータの眼下に広がる大陸以外は、小さな島を別にすれば、星の三分の二はすべて海になっていた。ナック星とは違い起伏に乏しい。
海とは反対側の、樹海の向こうには、ほんの数時間前まで、王都キカットとアエロの街があった。フリーザ軍の科学技術に比べると、未だ発展途上の文明で、彼らにはあと100年は何の意味も持たないであろう、フリーザ軍が認識するところの39番目のレアメタルの鉱山が、地中深く広がっているはずなのである。

スカウターが反応する。キカットの戦闘員が近づいてくる。100ほどの反応のほとんどが戦闘力200前後で、そのうち10程度は500を超えていた。ベジータの戦闘力の前には赤ん坊も同然であるが、束でかかってくれば案外楽しめそうであることに、ベジータは歯をむいて、ニヤリと笑った。

* * *

王都を含む三つの都市が消滅した日から、90日が過ぎた。
最初の20日間で、キカットはほとんど瀕死の状態に追いやられたが、得たいの知れない襲撃は、その後徐々に勢いがなくなり、今ではその出来事は、まるで悪夢だったのではと思わせるような静けさにつつまれ、行き場無く森の奥に逃げ込んでいたキカットの非戦闘員達は、運よく破壊を免れたいくつかの町に徐々に集まりつつあった。
しかし悪夢は確かに現実のもので、大地には稲妻で切り裂かれたような深い傷跡がいくつも残り、大陸の端は削られ、あるはずの山が姿を消し、町があったはずの場所に湖が出現するなど、地形は大きく変化し、人口の集中していた都市の人間がほぼ全滅したため、星全体の人口は、すでに1/500にも激減していた。
キカットにはもはや指導者も軍隊も秩序も無く、いつまた現れるともしれない凶暴な襲撃者に対する恐怖は、誰の心にも常につきまとっていた。しかし、ほんの一週間ほど前、生き残ったわずかな戦闘員達が、あの悪魔のような異星人をやっつけたらしいという噂が流れた。もちろん真偽のほどはわからないし、今なお捜索は続いているらしく、「やっつけた」としても、死体は確認されていないのだろう。とにかく、今、人の集まる村や町には手配書がまわり、成人した健康な男は全員捜索に加わるように触れが出た。ちょうど一週間後の満月が昇る前までに必ず見つけ出すこと、と、奇妙な一文とともに。

*

ベジータが体に違和を感じたのは、キカットに到着してから10日目のことだった。いや、フリーザの基地を出撃する時には、すでにそれは始まっていたのだ。
肩の骨は折れてはいなかったが、腫れと、出血もなくパクリと開いた傷は、一向に回復する様子がなかった。普段であれば、その程度の傷であれば、メディカル・マシーンを使ったようにはキレイになくならないにしても、一晩睡眠をとる間にほとんど回復してしまうようなものだった。ポッドでのキカットまでの移動時間は、傷を癒すためには十分過ぎるほどの睡眠と休養を、ベジータにあたえたはずであるのに。
キカットでの戦闘は、ベジータにとってはお遊びのようなものだったが、ある日、自分の体力が予想外に消耗していることに気付いた。不審に思いながらも、ちょうどきりよく相手からの攻撃がなくなったのを潮に、積極的な攻撃はやめにした。日は暮れかけていたし先は長い。空腹でもあった。

*

王都消滅から60日目を数える頃には、悪魔のような襲撃者はほとんど姿を現さなくなった。さすがに疲れたのか、襲撃すべき場所がほとんど無くなってしまったからなのか。だが、彼が、まだキカットのどこかに身をおいていることだけは確かだった。頻繁ではなくなったとはいえ、捜索にあたっている、生き残った戦士たちのまえに、ふと姿を現し、恐るべき力でキカットの残り少ない戦力を確実に削いでいった。最初の頃はまるでもて遊ぶように半殺しのまま放置していくこともあったが、近頃では確実に、息の根を止めていくことを忘れなかった。
最初の頃の戦闘で、半死半生で帰還した者の証言によると、敵は最新の小型スカウターらしきものを左目に装着しており、おそらく異星人で、彼らと同じヒューマノイドタイプ、肌の色以外は非常に似通った種族であること、見た目はまだほとんど子供と言っていいほど若く、体は成人したキカットの男子と比べると、ほとんど華奢と言っていいくらいだということ、しかし逆立った黒髪と、相手を射殺してしまいそうな鋭い目つきはまさに悪鬼であり、手から発せられる強力な気砲は平均的なキカットの戦士が50人同時に発したものよりはるかに強力であるに違いない、とういうことだった。
本当のところ、その悪鬼が全開で発した気砲であれば、50人分どころか、キカットなど真っ二つになってしまうのであるが。

*

ベジータの体力は依然回復しなかった。それどころか、つまらない戦闘を重ねるごとに、体力は消耗する一方だった。ためしに一週間、何もせずに過ごしてみた。清流の傍の、岩肌にぽっかりと開いた岩の窪みの影に体を横たえて、地上で起こっている阿鼻叫喚など知らぬ風にのどかに晴れ渡る空を、ぼんやりみつめていた。
空は灰がかった赤みの強い紫色をしていた。この星の人間の肌の色に近い。一週間の間、空模様が変わることはまったくなかった。一年中この天気で安定しているのか、あるいはたまたまこうなのか、それとも雨季や乾季と、季節によって空模様が大きくかわるのかもしれない。
ベジータの15年の人生の中で、そんな風にぼんやりとした7日間は一度も無かったに違いない。概ね彼は自分の血か、異星人の血の匂いの中で過ごしていた。その中には肉の焼ける匂いや腐臭も混じっていた。とてもぼんやり空をながめるような環境ではなかった。たまに空を見上げると、暗い夜空にぽっかりと浮かぶ、満月があった。そしてそれは、新たな破壊と殺戮の始まりだった。
根城に戻っても、油断無く神経は常に研ぎ澄まされていた。そこは、フリーザの圧倒的力の下に、ザーボンやドドリア、ギニューの連中、もちろん自分達三人のサイヤ人から、取るに足らない、だが得たいの知れない、有象無象が混在する、まさに魔窟であったのだ。

7日目の朝、ベジータはふいに起き上がると、その場所を飛び立った。そのままうとうとと、生ぬるい空気のなかで永遠にうたたねを決め込んでしまいそうになった自分に気がついて、それを振り払うかのような勢いでその場を後にした。そうして風を切って飛んでいると、さっきまでのゆるい心のよどみのようなものはいつの間にか消え去り、凶暴な高揚が、再び彼の身のうちを満たし始めた。スカウターのスイッチを入れると、獲物を求めて視線を巡らせた。

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はじめて空を見上げたことと、その前後の出来事